第14話 それぞれの夜 1

 夕刻を迎え、飲食店街に居を構える大衆酒場は大きな賑わいを見せていた。

 かつて傭兵ギルドの最寄りだった食堂兼酒場(ヴァネッサが勤務していた店)は先の竜撃りゅうげきで倒壊、店主も死亡したため、そちらを利用していた傭兵達も現在はこの酒場を利用している。かつての酒場はまだ整地がなされておらず、瓦礫がれきの山となっている。今後のあの土地がどのように利用されるかは、まだ決まっていないとのことだ。


「相席してもいいか?」

「同郷同士、久しぶりに語らおうじゃないか」

「もちろんだよ」


 酒場で夕食を取っていたファルコの席に、遅れて店内へやってきたジルベール傭兵団のリカルドとロブソンが相席した。特に待ち合わせをしていたわけではないが、この時間帯にグロワールの傭兵が訪れる場所など限られている。居合わせる可能性は元より高かった。

 三人は共に傭兵国家アルマ出身の同郷だ。ファルコのかつての相棒、シモン・ディフェンタールの件で力になってもらったこともあり、傭兵仲間の中でも特に親しい間柄といえる。


「街に繰り出していてもいいのか?」

「今日一日は自由行動が認められている。せっかくのグロワールだし、こうして懐かしい気分に浸るのも悪くないかなと思って……もっとも、色々と変わってしまったけど」

「ヴァネッサの件は残念だったね。教団に加担してしまったことは許したがたいけど、それでもヴァネッサの人柄を知る傭兵達は皆、彼女の抱えていた事情に同情的だよ」


 かつてを懐かしむには、失ったものが多すぎる。少なくとも、共に酒の席を盛り上げたシモンやヴァネッサは、もうこの世に存在しない。


「傭兵団の仲間は?」

「団長は明日からの作戦に参加する他の傭兵団と打ち合わせしているよ。激戦が予想されるからな。傭兵といえども、部隊としてある程度の連携が必要だってな。ギラとイルマは、ギルドで解散するなり二人の部屋に帰っていった。明日からしばらく任務だからな。今の内にお楽しみだろうさ。ドルジアはドルジアで、景気づけだとか言って色町の方に繰り出していったよ。ガストンは任務に備え、まだギルドの修練場に残ってトレーニング中だ」


 律儀に全員の動向を伝えると、リカルドは店員を呼び止め、自分とロブソンの分の酒と料理を手早く注文した。


「そういえばウラガ―ノ、お前に話しておきたいことがある。近々王都に手紙を送ろうかと考えていたのだが、こうして直接会えて手間が省けた」

「もしかして、シモンのことかい?」

「ああ。シモン・デフェンタールと娘さんはあの後、奴の奥さんも眠る、ディフェンタールの故郷の村の墓地に埋葬されたよ。関係者として、俺とロブソンも立ち会ってきた。村の場所はこれに記してある。直ぐには難しいだろうが、状況が落ち着いたらデフェンタールの前に顔をだしてやれ。奴もきっと喜ぶ」

「助かるよ。リカルド、ロブソン。シモンの件、本当に感謝している」


 シモンの故郷の村について記されたメモ書きを受け取り、ファルコは携帯していたポーチに大事にメモ書きをしまい込んだ。シモンの墓参りに向かう際は、アマルティア教団の企みを阻止し、大陸に平和を取り戻した報告を土産話にすると決めている。そう遠からず、その日を迎えたいものだ。


「明日にはルミエール領に向けて出立か。腕が鳴るよ」

「魔物だろうと教団の戦闘員だろうと、例外なく俺のモーニングスターで砕いてやるさ」

「とても心強いよ」


 到着したジョッキを打ち鳴らし、互いの健闘を誓い合った。


 〇〇〇


「ゼナイドさん?」

「ごめんね。読書の邪魔をしちゃったかな」

「いいえ。正直なところ、内容があまり頭に入って来なかったので」

「少しお話してもいい?」

「少しと言わず、ゆっくりとお話しましょう」

「ありがとう」


 オッフェンバック邸のエントラスのソファーに掛け、読書をしていたリスの隣に、許可を得たゼナイドが静かに腰を下ろした。ゼナイドは会議への出席。リスはルミエール領から避難してきた人達を尋ねていたため、再会後にまだゆっくりと話しが出来ないでいた。


「王都は王都で大変だったと聞いているよ。リスちゃんは大丈夫だった?」

「はい。私自身は直接戦闘はしませんでしたから。心境的には大分驚かされましたが」

「何があったの?」

「……実は」


 遠くルミエールの地までは、王都で起こった暗殺事件の真相は知られていない。

 表向きにはレーブ王子の死という悲劇的な部分だけが語られている先の事件の真相について、リスはゼナイドへとその詳細を語り聞かせていく。

 内容が内容故に無暗やたらと吹聴してはならぬが、身内であるゼナイドに語る分にはセーフであろう。


「……そんなことが」


 絶句した様子のゼナイド。しかしその表情には、純粋な驚き以外にも何やら複雑な感情が入り乱れているような印象がある。まるで語り聞いた出来事を過去とダブらせているかのように、


「どうかされましたか?」

「ううん、何でもないの。あまりにも衝撃的な事実に驚いちゃって」


 自身の考えすぎだろうと思い、ゼナイドは即座にかぶりを振った。

 規模が違うが、当主の座を狙って兄弟の命を狙うという構図が、かつてゼナイドが仕えていた屋敷での騒動とダブってしまった。まさかあの騒動の裏にもアマルティア教団が絡んでいた、等ということはないだろうが……。


「リスちゃん。緊張している?」

「少し。ここまで規模の大きな戦に挑む機会は、これが初めてですから。大丈夫です。皆さんの足手纏いとならないようにしますから」

「緊張するのは当然だよ。むしろ13歳の女の子ということを考えれば、とてもしっかりしている。凄すぎると思う」

「流石に褒めすぎですよ。だけど、ありがとうございます」


 王都出立以来ずっと気を張っていたリスが、久しぶりに柔らかな表情を見せた。程よく緊張感がほぐれていく。

 ゼナイドはゼナイドで、責務に緊張感が張りつめていたはずだ。こうしてリスと会話する機会を持てて、彼女自身もリラックス出来ているようだ。


「そういえば、リスちゃんに貸してもらった本。少しずつだけど読み進めているよ。教団の侵攻が始まってからは時間が取れてないけど、お守り代わりに今も持ち歩いている」

「嬉しいです。今回の戦いが終わったら、途中まででもいいので是非とも感想を聞かせてください」

「もちろんだよ。そのためにも、今回の戦い絶対に生き残らないとね」

「不吉なことを言わないでください。ゼナイドさんなら絶対に大丈夫です。ゼナイドさんはお強いですから」

「ありがとうリスちゃん。お姉さん、頑張っちゃうぞー」


 不器用ながらもいじらしいリスの姿が愛おしく、ゼナイドはリスの頭を優しく撫でてやった。リスのためにも、絶対にルミエール領をアマルティア教団の手に渡すわけにはいかない。実力派の女傑じょけつは覚悟を新たに、此度の戦乱へと挑みゆく。

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