第13話 額へ口づけ

「ルミエール領の現状をどう見る?」

「会議での発言通りよ。現状は嵐の前の静けさ。教団は近い内に確実に大規模攻勢をかけてくるでしょうね。フォルス殿は、かつて邪神を討伐した影の英雄の一人、アルジャンテ・ルミエールの直系かつ、自身も剣聖けんせいうたわれた英傑えいけつ中の英傑。病身の指揮官だからと油断せず、教団側は全力で首を取りに来ると思う。圧倒的戦力差にも関わらず一気に攻勢に転じず、騎士団の疲労を蓄積させることで、確実に勝てる状況を作り上げているのもいい証拠」


 会議を終えたベルンハルトとゾフィーは私服へと着替え、グロワールの街へと繰り出していた。現在は大通りのベンチへ肩を並べて腰掛けている。ベルンハルトはシンプルな黒いシャツをベージュのパンツにイン。ベルトはせずにサスペンダーを着用した飾らないスタイル。ゾフィーは純白のブラウスに黒いロングスカートを合わせ、上着として濃紺のロングカーディガンを羽織っている。

 無論、二人は遊び歩きに来たわけではない。今回発生している侵攻を除けば、直近で最も大きな襲撃を受けたグロワールの街の復興状況を、他国の人間目線で個人的に視察しているところだ。

 私服姿なのは住民達に威圧感を与えないため。特に、大柄で表情も険しいベルンハルトが黒い鎧をまとって街中を闊歩かっぽすれば、住民達にいらぬ緊張感を与えかねない。


「俺も同意見だ。ならば当然、奴らの襲来も想定しておくべきだな」

「そうね。国境線上で衝突以降、四柱よんはしらの災厄が一度も姿を見せていない。おあつらえ向きに、今回の侵攻は四ヶ所同時だしね」


 邪神ティモリアに準ずる脅威とされ、500年前に大陸中で暴れ回った四柱の災厄と呼ばれる四体の魔物たち。

 先のアマルティア王国、シュトゥルム帝国との国境線上で、七千を超える兵が四柱の災厄が二柱――赫猟しゃくりょうエマ、灰燼王かいじんおうラヴァによって壊滅的な被害を受けたことは記憶に新しい。

 今だ姿を現さぬ残り二柱の存在も気になるし、国境線襲撃以来の大規模侵攻となった此度、戦場に四柱の災厄が投入される可能性は十分考えられる。


「四柱の災厄との相対する可能性か。腕が鳴るな」

「可能性を指摘した私がいうのもなんだけど、流石に不謹慎よ。ソレイユさんの故郷、ルミエール領の一大事なんだから。最悪の想像が外れているに越したことはない」

「しかし、最悪の状況に対する備えは必要だろう。四柱の災厄が出現した際は俺が相手をする。絶大な力を持つ魔物ではあるが、理屈の上では俺達の武器ならば渡り合えるのだろう?」

「伝承に沿うならばそうなるわね。もしもの時は私も剣を抜くわ。あなたと私は運命共同体みたいなものだから」

「覚悟に水を差すようで申し訳ないが、ゾフィーが剣を抜くのは護身の時に留めておけ。お前は国の将来を担う人間だ。戦場で無暗に寿命をすり減らす必要などない。そういう役割は俺に任せておけ。お前のためならば俺は、何時でもこの命を投げ捨て――あたっ!」


 神妙な面持ちで言い終えるのを待たずして、ベルンハルトの無防備な額に、むくれ顔のゾフィーのデコピンが炸裂。黒騎士と謳われる帝国最強の男が、額を抑えながら身をすくめている。


「副官如きがかっこつけてるんじゃないの。もちろん私だって早死にするのは御免だけどさ。私だって一人の騎士として戦場に立つ身なんだし、人助けのためならば迷いなく剣を振るうよ。例えそれが他国の民であったとしてもね」

「そうだった。うちの指揮官殿はお転婆姫なことを忘れていた」


 非があったのは自分の方だったと認め、ベルンハルトは苦笑交じりに肩を竦めた。戦場で剣を振るうことしか能のない男に心配される程、アイゼン・リッターオルデンを束ねる女傑じょけつやわではない。それを一番よく理解しているのもまた、他ならぬベルンハルト自身であった。


「それでも、俺にも譲れない信念はある。戦いは可能な限りは俺に任せろ。黒騎士ベルンハルト・ユングニッケルは、ゾフィー・シュバインシュタイガーを守護する剣なのだから」

「心強い言葉ね。あなたのそういうとことが好きよ、ベルンハルト」


 ベンチから立ち上がったゾフィーはベルンハルトと正面から向かい合い、額と額を静かに合わせた。


「私の願いを成就させるための武器として、あなたをこれからも散々こき使ってあげる。途中で折れたら絶対に許さないんだから」

「心得ている。お前の願いを叶えるまで、俺は誰にも負けぬよ」

「ならばよし」


 顔を離す直前、ゾフィーは冷たい唇でベルンハルトの額へそっと口づけした。


「ご飯でも食べにいきましょう。腹が減っては戦は出来ぬって言うしね」

「そうだな。デザートに甘い物も食べたい」


 大柄な騎士と細身の美女の二人組は食欲に身を委ね、飲食街方面の雑踏へと消えていった。

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