第11話 避難民
「ああ、リス様。お会い出来て嬉しゅうございます」
「私もこうして皆さんと再会出来て嬉しいです。ソレイユ様が、直ぐに顔を出せずに申し訳ないと言っておられました。会議が終わり次第、ソレイユ様もお顔を出されると思います」
「王都からの旅路、ソレイユ様もさぞお疲れでしょう。私共のために時間を割いていただくことは申し訳なく思います……」
「大変な時期だからこそ、どうかソレイユ様にお会いになってあげてください。ソレイユ様はずっと気を張られております。皆さんのお顔を見れば、少しでも気が休まると思うのです。同時にその優しさが活力にも繋がるはず。ソレイユ様はそういうお方ですから」
リスとニュクスは、ルミエール領から避難してきた住民達の避難所として開放されている、グロワール中心部の学院を訪れていた。
ソレイユの心境としては直ぐにでも住民達と顔を合わせたいところだっただろうが、今は対策会議を優先しなくてはならない。地理や戦略に明るいクラージュやウーも同様だ。
後で自身も顔を出すつもりだが、少しでも早く領民に安心感を得てもらいたいと考え、先んじて二人を遣わせた。ソレイユの付き人としてよく一緒に町へと下り、リアンの町の住民とも親しいリスはその役割に適任だ。
「絵描きのお兄ちゃんだ。ねえ、絵を見せてよ」
「いいよ。ちょっと待ってな」
子供達の輪に囲まれるニュクスは穏やかな表情を作り、持参してきた絵を数枚、子供達へと手渡した。全てルミエール領を発った後に、空いた時間を利用して書き溜めてきた新作だ。
初めて目にする風景に子供達の目は釘付け。住み慣れた土地を離れ、みな不安だろうが、好奇心が少しでも不安を和らげてくれるならばそれに越したことはない。
ニュクスは突如ルミエール領に現れた新参者ながらも、絵描きのニュイとしての活動もあって、特に子供達からの人気が高い。ニュクスもまた、安心感を与える役として適任であった。
子供達の意識が絵に集中している間、大人達の中に一人知り合いの少年をの姿を見つけ、自身の隣へと手招きした。
「お久しぶりです、ニュクスさん」
「無事で何よりだ、ヤスミン」
「カキの村を避難の中継地点とする関係で、村の住民は早々にグロワールへと逃がされました……何だか申し訳ないです」
駆け寄って来たヤスミンは表情は優れない。
心を支配する憂いの理由はきっと、ニュクスと同じものだろう。
「オネットさん一家は?」
「まだリアンの町に残っておられます。当然ながら宿は営業していませんが、救護所として開放しているそうです。料理はもちろん、ご夫婦揃って怪我の処置の心得もありますから。イリスちゃんだけでも先に避難させようと考えたようですが、本人が断固として拒否したようで、一緒に宿に」
「……そうか」
「……俺も不安でいっぱいです。幸いなことにまだ町は戦場にはなっていませんが、これからのことなんて誰にも分かりませんから。もちろん、フォルス様や
「なるようにしかならないさ。ただ」
「ただ?」
「イリスやオネットさん夫妻には不幸になってほしくない。そう思っている……」
あまりにもらしくない台詞だと思ったのだろう。言い終えずして、ニュクスは自己嫌悪から下唇を噛みしめていた。
教団のルミエール侵攻の一報を受けた瞬間から、教団の台頭を喜ぶよりも先に、イリスやオネット夫妻の安否ばかりを気にしている自分がいる。短い間とはいえ一つ屋根の下で共に暮らし、家族のように接してくれた人達。遠い記憶の彼方に置いて来てしまった家庭の温かさという物を、オネット夫妻の宿で過ごしていた間だけは思い出すことが出来た。
オネット夫妻だけではない。よく絵を習いに来ていたたくさんの幼い笑顔も瞼の裏に焼き付いている。この場にいる子供達で全員ではない。見知った顔が数人足りない。ロゼ領など別の地域に避難している可能性もあるが、中には家庭の事情でまだリアンの町に留まっている子供達もいるはずだ。この場にいない教え子たちの安否を、ニュクスの感情は確かに心配している。
窮地に陥っている今だからこそ、オネット夫妻の宿を拠点に、リアンの町で過ごした日々がどんなに大切な物だったのかを省みることとなった。
あまりにも滑稽で、暗殺者失格な考え方。
標的を殺すために侵入したルミエールの地に、まさか故郷にも似た感慨を抱いてしまうだなんて。
故に、胸を締め付ける罪悪感の度合いも当然大きい。
侵略者は自らが所属する組織であり、自分だってまた、たくさんの誰かをさんざん不幸にしてきたのだから。
「だけど、ソレイユ様やニュクスさんが来てくれたからもう大丈夫ですよね? ルミエール領の戦力に皆さんのお力も加われば、きっとアマルティア教団の企みを跳ね除けてくださいます」
真っ直ぐなヤスミンの期待に対し、ニュクスは無言で曖昧に頷くことしか出来なかった。
気休めでも「俺達に任せておけ」と言えればどんなに楽だろうか。けれども、その台詞は絶対にニュクスの口から発せられることはない。
侵攻する側の組織に属する者として、此度の動乱の片棒を担いでいるのと同義。一方でイリスやオネット夫妻、町に子供達を心配する気持ちもまた本物だ。
このような複雑な感情で、どのようにして此度の動乱と向き合えばよいのか。
ニュクスは未だに、己を納得させられる答えを得てはいない。
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