第10話 傭兵たち
オッフェンバック邸での作戦会議と同時刻。
ソレイユの指示を受けて別行動を取っていたファルコは、グロワール中心部の傭兵ギルドを訪れていた。
ソレイユを筆頭とする先遣隊がグロワール入りしたことは、すでに傭兵達の耳にも届いている。先の
平時ならば歓迎ムードで活気に包み込まれているような場面であろうが、現在の情勢は国内の誰もが知るところ。ファルコが傭兵ギルドへ姿を現した理由にも容易に想像がつく。
張りつめた緊張感の中、真っ先にファルコに声をかけたのは、大柄なスキンヘッドの男性、ジルベール傭兵団の団長、ジルベール・クライトマンであった。
「ウラガ―ノ。息災で何よりだ」
「ジルベールさん、その節はお世話になりました」
その場を支配する緊張感に即さず、二人の声色や表情は平時の世間話のように落ち着き払っている。平常心の源は、グロワールでの日々や先の竜撃で築き上げた信頼関係はもちろんのこと、傭兵としての経験値から来る胆力が占める部分も大きいのだろう。戦場に生きる傭兵にとってはある意味、平時と有事の区別などあってないようなものだ。
「戦況は噂に聞いている。戦力をお望みか?」
「はい。ソレイユ様の指示で協力を仰ぎに伺いました。雇用費に関しては王国騎士団の助成も得られていますので、満足いく額をご提示出来るかと思います。問題は」
「依頼内容そのものの危険性か?」
「アマルティア教団側による本格的な侵攻の開始。他の三地点に比べればルミエール領の襲撃は規模こそ小さめですが、それでも教団側の投入戦力は、現時点でも先のグロワールの竜撃を上回っている。命の保証など端から存在していない。高額な報酬もまた、危険性の裏返しでもある」
「ずいぶんと馬鹿正直な交渉だな。お前だって傭兵だ。上手い勧誘の方法くらいは心得ているだろうに」
「ソレイユ様はどこまでも真っ直ぐなお方です。交渉事に虚言や誇張は持ち込まない。ソレイユ様に仕える者として、僕はその意向を従おうと決めていますから」
ソレイユに雇用の話を持ち掛けられた際のやり取りが思い起こされる。
交渉術など微塵も存在しない、どこまでも真っすぐで感情的なソレイユの交渉。
甘言で集められた戦力などソレイユは喜ばないだろう。ソレイユが求めるのは、リスクを承知の上で、それでもなお戦場へ赴くことを決意してくれる猛者たちだ。
だからこそソレイユは、傭兵であり、ソレイユのやり方も身をもって理解しているであろうファルコに交渉の場を委ねたのだ。
「多かれ少なかれ、危険じゃない戦場なんざ存在しないさ。戦場で命を懸ける覚悟なんざ今更問われるまでもない。個人の感情としても、ソレイユ様やルミエール領の方々のお力になりたいという思いは強いしな。とはいえ俺はこれでも傭兵団を率いる団長だ。俺の一存で以来を受けるわけにはいかないが――」
口元に笑みを浮かべ、ジルベールは後方に控える傭兵団の仲間達の表情を伺う。
不満気な者など一人もいない。団長の意見に同意を示し、皆が快く頷いている。
団員を代表し、金髪をツーブロックにした副団長、リカルド・タヴァンザンテが口を開く。
「命を懸ける覚悟が出来ているのは俺らも同じ。俺達はどこまでも団長についていきますよ。早々にまたウラガ―ノと戦場で肩を並べる機会を得られたことも喜ばしい」
「心強いよ、リカルド」
「当たり前だ。心強い傭兵でないと商売にならん」
荒々しい口調とは裏腹に、リカルドは心底嬉しそうにファルコと拳を合わせた。
「団員の同意も得た。我らジルベール傭兵団はソレイユ様からの依頼を受け、ルミエール領での作戦に参加させて頂く」
「ありがとうございます。ジルベールさん」
ファルコとジルベールが力強い握手を交わす。
正式に契約を結ぶのは会議を終えたソレイユが合流してからとなるが、交渉はそのものは成立したと言っていいだろう。
「俺も参加する。教団の奴らには恨みもあるしな」
「俺らもだ。ルミエールには知り合いも多い。力になりたい」
その後も、個人、団体を問わずに複数の傭兵から作戦参加の意志表示が飛び出す。軽率に判断を下した者はおらず、それ相応の実力や参加理由を持ち合わせた者達ばかりだ。竜撃という惨事を経たことで、己の実力を省みた者も多いのだろう。金銭的、心情的には参加したくとも、実力的に足手纏いになるだけだと冷静に判断し、参加を思い留まった者も多い。命を無駄に散らせるわけにはいかない。不参加もまた、尊重すべき勇気ある決断だ。
覚悟を決めた腕利きの傭兵たちを戦力に加えることが出来た。傭兵ギルドでの交渉は上々の結果といえるだろう。
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