第9話 グロワール再訪

「お待ちしておりました、ソレイユ殿。故郷での有事、心中をお察しいたします」

「……オッフェンバック卿。この度のルミエール領に対する各段のご配慮に、心から感謝を申し上げます。避難民の受け入れに加え、物資のご提供まで。グロワールだって、まだ大変な時期でしょうに」

「頭をお上げください。ソレイユ殿には大恩がございますし、それを抜きにしても、近隣地域同士が助け合うのは当然のこと。困った時はお互い様というものですよ。ルミエール領へ全面的な支援を行うことに関しては、グロワールの民の民意も受けております。ルミエール領やソレイユ様のお力になりたいとう考えは、私だけではなく、グロワールの総意なのでございます」


 王都出立から5日。グロワールへと到着したソレイユを、長たるアルべリック・オッフェンバック卿が、正門にて直々に出迎えた。ソレイユは先の竜撃りゅうげき終結の立役者であるグロワールの街の恩人であり、同時にルミエール領に近いグロワールにとって、此度のアマルティア教団側の侵攻は決して看過出来ない重大な問題でもある。恩人であるソレイユと、彼女率いる対アマルティア教団の先遣隊を、長自ら出迎えぬわけにいかぬだろう。

 オッフェンバック卿を取り巻くように、オッフェンバック卿の側近であり、護衛官でもあるギスラン・ダルヴィマール、オッフェンバック邸の使用人タチアナ、若き衛兵であるマクシミリアンら、先のグロワール滞在中に見知った顔も多く見受けられる。


「お話ししたいことは多々ありますが、その前に先ずは、この方とお話しを――」


 そう言ってオッフェンバック卿が後方に目配せすると、ソレイユ隊の面々と馴染み深いブロンド髪の女性騎士が一人、感極まった表情で一行の前へと姿を現した。


「……ソレイユ様」

「あなたは、ゼナイド!」


 藍閃らんせん騎士団の紅一点。ゼナイド・ジルベルスタインとの予期せぬ再会。

 主君との再会を喜びながらもゼナイドは、ルミエール領の危機に悔しさを滲ませ、複雑な感情で声を震わせている。そんな彼女の体をソレイユは優しく抱き留めた。


「どうしてあなたがここに?」

「五号目の避難馬車を護衛し、数時間前にグロワールへと到着いたしました。王都からソレイユ様たちがルミエール領へ向かっているとの情報を受け、カジミール君の指示で、一度ソレイユ様たちと合流するようにと。状況に精通した人間が必要だろうとの判断です」

「カジミールは今?」

「住民の避難誘導の中継地点として利用しているカキの村で待機しています」


 状況は予断を許さぬが、一先ずカジミールが健在であることが判明した。彼を兄のように慕うクラージュやウーも安堵の表情を浮かべている。


「状況を考えると時間が惜しい。馬車を用意しておりますので、屋敷までの道すがら、早速対策会議といたしましょう」

「ご配慮に感謝致します」


 ソレイユ、ゾフィー、ドミニクらリーダー格とオッフェンバック卿が同じ馬車へと乗り込んでいく。ルミエール領の現状を把握しているゼナイドも馬車に乗り込むことになるが、


「ゼナイドさんが無事で良かったです」

「私も、またリスちゃんとあえて嬉しいよ。また後でお話しよう」


 リスの頬に優しく触れ、ウーやニュクスら顔見知りに「また後で」と言い残すと、ゼナイドもソレイユ達に続き馬車へと乗り込んだ。


 〇〇〇


「――私からの報告は以上です」


 オッフェンバック邸の会議室内で、ゼナイドはルミエール領の戦況に関する報告を終えた。会議に参加している顔ぶれは、ソレイユ隊からはソレイユ、参謀役でもあるクラージュ、狩人の家系でルミエール領の地形に詳しいウー。牙噛きばがみ隊からは隊長のドミニクと副官、参謀役の三名。アイゼン・リッターオルデンからは、団長のゾフィー、副官のベルンハルト、切り込み隊長のイルケ、斥候せっこう担当のオスカーらが出席している。


 時間が惜しいため、リスやファルコといったこの場にいない面々には、同時進行で別件を任せていた。


 ルミエール領の戦況は厳しい状況が続いている。

 侵攻の第一波、北部から突如として出現した数百体の魔物の軍勢による襲撃が発生。フォルスの指示の下、辛くもこれを退けるも、領を守護する藍閃騎士団の団員の五分の一が戦死。北部は果樹園や農園が多く存在しているため、農作業に従事していた住民達にも死傷者を出す大惨事となった。

 次回、大規模な侵攻が発生した場合、リアンの町が戦場になることは免れないと判断した領主フォルスは、民の命を最優先とすべく住民の避難作戦を実施。今日までに住民の凡そ半数を近隣のロゼ領や大都市グロワールまで避難させることに成功。残り数日以内での、非戦闘員の町からの完全離脱を最重要事項と定め、奮闘している。

 しかし、状況は刻一刻と変化し続けている。大規模侵攻の前段階として、アマルティア教団側の戦力は、徐々にリアンの町への包囲網を狭めてきている。敵の巣窟と化しているルミエール領北部は元より、東部方面の街道も先日完全に掌握。ロゼ領方面へと続く西部の街道も日増しに敵の数が増加しており、すでに安全な行路足り得ていない。ヴェール平原やグロワール方面へと伸びる南部の街道に関しては、避難誘導の中継地点として早々にカキの村に防衛拠点を置いたこともあり、主要な脱出行路として機能している。有事ゆえ絶対的な安全など存在しないが、現場を指揮するカジミールの活躍もあって、現状、大きな被害もなく避難誘導を進められている。


 しかし、南部の街道もいつまでも安全とは限らない。今はまだ西部の街道も機能しているため、効率的に人員を割いて避難誘導にあたれているが、西部の街道が機能不全に陥った場合、アマルティア教団側の妨害は南部の街道に集中することは間違いない。そうなればもう、リアンの町からの脱出は困難であろう。完全包囲を待たずして大規模な侵攻が発生する可能性も否定出来ない。いずれにせよ、住民の脱出は時間との勝負となる。


「最優先すべきは領民の完全避難。それが領の総意ということですね?」

「はい。土地の再興は叶うが失われた命は戻らない。領民の命に甚大なる被害が及ぶような、最悪の事態だけは避けなくてはならない。それが、先日行われた対策会議でのフォルス様のお言葉です」

「父上らしい。私もまったくの同意見です。民の命は何よりも優先して守り抜かねばなりません……すでに犠牲者が出ていることは嘆かわしいですが、せめてこれ以上の犠牲を出さぬようにしたい」


 事はソレイユ隊だけの問題ではない。三部隊合同の先遣隊として事に臨んでいる以上、総意は得なくてはいけない。意見を求め、ソレイユはドミニクとゾフィーへと目配せする。


「国民の命を守ることは王国騎士団の大切な使命でもある。リアンの町が戦場となる可能性がある以上、憂いなく全力で戦闘に臨めるような環境を作るという意味でも、住民の避難は必須でしょう。ソレイユ殿のお考えに、自分は全面的に賛成いたします」


 真っ先に意見を肯定したのはドミニクだった。

 早合点だったとはいえ、対策会議の場でベラクール参謀長に意見したことからも分かるように、ドミニクは正義感の強い人情派。意見は元よりソレイユ寄りだ。


「私もソレイユさんの意見を尊重いたしますわ。元より無茶を言って同行させて頂いた身。どのような決定であれど、ソレイユさんのお力となる所存でした。感情的にも、領民の命を第一に考える姿勢には好感が持てますしね」


 反対意見無しの満場一致。具体的な作戦等はこれから議論していくとして、行動の方向性そのものは、領民の安全圏への退避を優先させることで決まった。


「住民の避難誘導が済んだ後なら、存分に暴れても?」


 それまでは閉口していたベルンハルトが突然会議に口を挟む。

 話の腰を折るんじゃないわよと、ゾフィーがベルンハルトのつま先を踏みつけようとするが、ベルンハルトが痛みを感じるよりも、議長たるソレイユが返答する方が先であった。


「もちろんです。私だってやられるばかりは我慢なりません。住民の安全が確保された暁には、たっぷりと教団にお返しするつもりです」

「それを聞いて安心しましたよ。我らアイゼン・リッターオルデンは救援部隊ではなく、戦闘部隊ですから」

「団長を差し置いて勝手に語ってるんじゃないわよ。まあ、同感だけど」

「くっ」


 結局、ベルンハルトが短い悲鳴を上げる未来は変わらなかったようである。

 黒騎士と謳われし英傑も、ドSな上司の前では相変わらずどこか情けない。

 

「行動の指針が決まったところで、次に詳細な作戦を詰めていきたいと思います。地形や保有戦力等に関して質問がありましたら、ルミエール領出身の私達に何なりとお尋ねください」


 ソレイユの進行で、対策会議は本格的な作戦計画へと移行していく。


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