第7話 カメリア

「エリュトン・リュコスだけならまだしも、あのデカブツも一緒とはな」

 

 ルミエール領、リアンの町の北部。果実畑の連なる一角にて、藍閃らんせん騎士団所属の茶髪の騎士、トロン・スプランディッドの頬を冷や汗が伝う。焦りは無いが、厄介な状況に対する不快感は隠し切れない。

 アマルティア教団によるルミエール侵攻の第一波終了から二日。

 現状、さらなる大規模侵攻は発生していないが、警戒にあたっている藍閃騎士団の体力を削ぐ目的で、小規模かつ、散発的な襲撃が多発していた。

 赤い狼の姿をしたエリュトン・リュコスを中心とした、比較的小柄な、雑兵とでも言うべき魔物の襲撃が中心であったが、この日は顔ぶれが異なる。

 数十体のエリュトン・リュコスの群に混ざって一体、麻袋を被った暴食の巨人――ガストリマルゴスの姿が確認出来た。以前、カキの村でソレイユらと対峙したのと同種の魔物だ。

 剛腕から繰り出される強烈な一撃と、即死させぬ限り瞬時に傷が回復する生命力は驚異的だ。教団側にとっても扱いやすい優秀な尖兵であることだろう。


 しかし、厄介な相手であることに変わりなくとも、以前ほどの脅威ではない。以前のソレイユらの活躍によって情報が集まり、ある程度の攻略法は確立出来た。また、先日の侵攻の際に複数体を相手にしたことで、藍閃騎士団の者達も実戦ですでにそれを経験済みだ。


 ガストリマルゴスを一撃で葬り去る火力はそう簡単には出せぬが、もう一つの攻略法、魔物を召喚した術者を仕留める方法ならば実行は比較的容易だ。ましてここは故郷の自然の中。術者が潜んでいる場所を探ることなど、ルミエールの自然に慣れ親しんだ藍閃騎士団にとっては朝飯前だ。

 フィジカル自慢のトロンらがガストリマルを引きつけ、軽装の歩兵部隊でエリュトン・リュコスを地道に刈り取っていく。

 その間に少数精鋭で森の深部に立ち入り。ガストリマルゴスやエリュトン・リュコスを召喚している教団の召喚者を捜索していく。


 ――見つけたよ。


 捜索の先頭に立っているのは藍閃騎士団の主力の一人で、ルミエール家に仕えるメイドのソールの実兄でもある朱色の髪の騎士、カメリアである。

 木陰に潜む、黒いローブ姿の召喚者を三名発見。召喚した魔物の存在維持を妨害すべく、問答無用で斬りかかるが、


「やらせぬ」

「邪魔」


 カメリアを妨害すべく、メイスを持った教団の戦闘員が側面から襲い掛かって来たが、カメリアは襲撃者を一瞥することもなく、感覚だけで瞬時にブロードソードを振るい、一瞬で切り伏せてしまった。

 勢いそのままに召喚者まで肉薄。召喚に集中するあまり戦闘音にすら気が付いていない召喚者三名の首を即座に刎ね飛ばした。

 カメリアの撃破した召喚者の中にガストリマルゴスを召喚していた者も含まれていたようで、教団側の軍勢は一気にその数を減らした。程なくして魔物と召喚者は全て狩り尽され、果実畑周辺の襲撃は一応の収束を見せた。


「一先ずは片付いたな」


 ガストリマルゴスと対峙していたトロンが、召喚者の始末から戻ったカメリアの下へと駆け寄った。


「小規模とはいえ、連日連戦は流石に堪えるね」

「俺らを疲弊させるために、使い捨ての駒を使って散発的な襲撃を行う程度には余裕ってわけだ。まったく、アマルティア教団の戦力は未だに底が見えないな」


 侵攻の第一波を退けた際に、少なからず犠牲を払うこととなった。

 ただでさえ限られた人員で状況に対処している中、小規模な襲撃の多発によって、騎士達の肉体的、精神的疲労は日に日に増してきている。かといって小規模な襲撃を見過ごすという選択肢は存在しない。小規模とはいえ、召喚術で使役された魔物の群の殲滅力は十分に驚異的。リアンの町に侵入させるわけにはいかない。

 疲労が蓄積していく中、次回大規模な侵攻が発生した際にそれを凌ぎきれるか否か。志気に関わる故に誰しも口には出さぬが、戦場に立つ誰もが先行きに不安を感じていた。

 

 戦場で死ぬことは怖くはない。

 怖いのは、守るべきものを守り切れずに、無念の中死んでいくことだ。

 守り抜いた末に朽ち果てるのであれば、それは本望。


「警戒の引継ぎが済んだら町に戻ろう。休める時に休んでおかないと」

「そうだな。よくよく考えたら、昨晩から一睡もしていない」


 〇〇〇


「……今日はこれ以上、襲撃が起こらないことを祈るばかりだな」


 リアンの町の一角に佇む煉瓦造りの自宅に到着するなり、カメリアは鎧だけを脱ぎ捨ててそのままベッドへと倒れ込んだ。此度の動乱において、藍閃騎士団の主力であるカメリアの負担は大きい。侵攻第一波の激戦へと身を投じ、そこから休む間もなく、連日の散発的な襲撃に対する防衛のほぼ全てにも参加している。目立った負傷こそ今のところないものの、流石に疲労感は隠し切れない。

 領民の避難誘導にあたっているカジミールやゼナイドらが前線に復帰すれば状況も多少は好転するやもしれないが、あちらはあちらで、教団からの襲撃を退けつつ行動している身。早々に前線に参加というわけにもいかないだろう。いずれにせよ、当面の間はカメリアたちの負担が減ることはない。

 休める時に休んでおかなくてはいけない。何とか仰向けとなり、頭を枕に乗せるところまでは出来たが、そこが睡眠欲の限界だった。足元の毛布を手繰り寄せるだけの余力はなく、そのまま意識は沈み込んで行った。

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