第6話 故郷について
「ルミエールの人達、どうしてあんなに緊張しているのでしょう?」
「故郷の危機となればそれも当然だろうさ。イルケだって、例えば故郷が戦場になったらと思えば不安だろう?」
ソレイユ隊の様子を遠目に伺っていたアイゼン・リッターオルデン所属の赤毛の女性騎士、イルケ・フォン・ケーニヒスベルクの疑問符に対し、黒いバンダナがトレードマークの同僚、オスカー・ヒッツフェルトが常識的な返答をするが、
「うーん。私にはよく分かりません。故郷の危機がまるで想像つかないので」
「ああ。そういえば君の故郷は」
イルケに対しての返答を間違えたなと、オスカーは腕を組んで苦笑する。
決して不謹慎だったと自嘲したわけではない。イルケの故郷であるシュトゥルム帝国の山岳地帯に位置する村は健在で、両親や兄弟、祖父母に至るまで、イルケの家族全員が息災である。
イルケは戦闘部族の出身で、村の住民は女子供に至るまで高い戦闘能力を誇っている。厳しい自然環境の中で営まれる村故に魔物の襲撃に遭う機会も多いが、未だかつて帝国軍の力を借りることはなく、村の戦力だけで自衛を成し続ける逸話はあまりにも有名だ。
故郷の危機が想像つかないというのは、決して故郷が滅んだとか、イルケの感情が死んでいるだとか、そういうネガティブな意味合いではない。
高い戦闘能力を持つ家族や村民に囲まれ、迫りくる脅威を常に自分達の力で退けてきたが故に、言葉通りの意味で、イルケには故郷の危機がまるで想像がつかないのだ。
「そういうオスカーは、ルミエールの人達の感情が理解出来るようでした。やはり、故郷が危機に晒されたらと思うと不安ですか?」
「そうだね……彼らの気持ちは痛い程理解出来るよ。だからこそ、任務であることはもちろんのこと、個人的感情としても彼らの力になってあげたいと、私はそう思っている」
今更想像なんて出来ない。故郷はすでに魔物の襲撃により滅びてしまったから。
家族の無念は晴らした。否、晴らしてもらった。今はただ、図らずも数年前に家族の仇を討ってくれた恩人の力になるべく、共に戦場に立ち続けることだけがオスカーの願いだ。
「家族は大切にしなよ。大陸の動乱に一段落着いたら、顔を見せに帰ってあげるといい」
遠い目をしながら、オスカーはイルケの頭にそっと手を乗せた。
子ども扱いされているようで不満気に頬を膨らませるイルケの側を離れると、オスカーは石造りの階段へ掛ける、日焼けした肌と屈強な肉体が印象的な黒騎士、ベルンハルト・ユングニッケルの隣へと掛けた。
「副団長。此度の戦をどう見ますか?」
「計略眼ならばお前の方が上だろう。俺は剣を振るうことしか能のない男だ」
謙遜気味に首を振るオスカーの視線は、自然とベルンハルトの背負う大剣の方を向いていた。
「その剣もお使いになれるのですか?」
「あるいはな。雑兵どもだけを相手するならば必要は無いだろうが」
「強大な敵が現れる可能性があると?」
「病を患っているとはいえ、ルミエール領を総べりしは、
「どういう意味ですか?」
「……少し話過ぎたな。気にするな」
「はあ」
すっきりとはしないが、憧れの副団長に止められればそれ以上追及する気にもなれない。オスカーは素直に身を引いた。
〇〇〇
「皆の奮起に期待する」
開門が成され、いよいよ先遣隊は出撃の時を迎えようとしている。
戦士達を送り出すべく、激務の合間を縫ってシエルもこの場へと駆けつけていた。
第三王子として、騎士団幹部として、ドミニクやゾフィーへと激励の言葉をかけていく。最後にソレイユの側へと寄ると、あえて堅苦しさのない幼馴染としての距離感で言葉をかける。
王族らしからぬ振る舞いに眉を
「出来ることなら、俺も一緒に行ってやりたいところだが……」
「気持ちは十分に伝わっているわ。こっちは大丈夫だから、あなたはあなたの戦いに集中して」
先のレーブ王子の死の影響もあり、現在の大陸の情勢を考えれば、王族たるシエルが王都を離れるわけにはいかない。民衆からの支持を集めるクリスタル王女が療養に入っている現状ではなおのことだ。
「死ぬなよなどと、ありきたりな言葉をかけるつもりはない。お前は俺の姉弟子。敗北などそもそも想像がつかん」
「なら、何と言って送り出してくれるの?」
シエルは大きく深呼吸をするとソレイユの肩にそっと触れ、激励を込めて力強く言い放つ。
「アマルティア教団の連中に、お前の強さを恐怖として刻み付けて来い! 俺は王都で吉報を待つ」
「力強い激励をありがとう。何者にも負ける気がしないわ」
〇〇〇
「参りましょう!」
先頭を行くソレイユの気高い宣言を持って、対アマルティア教団の第一陣となる、ルミエール方面先遣隊は王都サントルから出撃した。
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