第5話 金打

 王国騎士団本部での会議から僅か3時間後。

 グロワール方面へと続く王都の北門の前へ、ルミエール領へと向かう先遣隊のメンバーが集合していた。他の地域へ派遣される部隊と比べると、小規模故に出立の用意も迅速で、此度の侵攻に対する第一陣としての出立を間もなく迎えようとしている。


 メンバーはソレイユ・ルミエール率いる少数精鋭部隊――通称ソレイユ隊6名。

 ゾフィー・シュバインシュタイガー率いるアイゼン・リッターオルデン10名。

 ドミニク・オードラン率いるアマルティア王国騎士団第8強襲部隊――通称「牙噛きばがみ」隊8名。3部隊計24名での出撃と相成った。


 最短ルートを駿馬で駆け抜けることで、先ずは5日かけてグロワールを目指す。そこで補給と休息、傭兵ギルドでの戦力の補充(ジルベール傭兵団らの力を借りてはどうかという、ファルコからの進言)等を行い、さらに2日かけて、ルミエール領内、リアンの町へと到着する予定だ。


「若輩の私よりも、やはりドミニク殿かゾフィーさんが指揮を取るべきではないでしょうか?」


 開門を待ちながら、ソレイユは不安気に二人へと伺いを立てる。

 若手ながらも王国騎士団の団員として戦闘経験豊富なドミニクと、シュトゥルム帝国最強のアイゼン・リッターオルデンを率いるゾフィー・シュバインシュタイガー。年齢、経験値ともに二人の方が上回る。如何にアマルティア教団と対峙した経験が多かろうとも、若輩のソレイユでは格落ち感は否めないであろう。


「自分はソレイユ殿の補佐を命じられた身。そのことには一切不満はない。不安があるというのなら、助言という形で自分はあなたの力になるよ」


 ソレイユの不安を取り除くかのように、ドミニクは穏やかな表情でソレイユの肩へと優しく触れた。立場や年功に囚われず、己が最善だと思う状況に徹する。ドミニクとはそういう男だ。


「私も異論はありませんわ。そもそも他国の騎士である私は地理に明るくありませんし、ルミエールの地に誰よりもお詳しいソレイユさんの方がよっぽど指揮官に相応しい。それに、志気という意味でも、今回はソレイユさんが先頭に立った方が賢明だと思います。故郷を救おうと自ら剣を取るあなたの姿に感銘を受ける者は多い。あなたが先頭に立つことで、きっと戦士達の感情も奮い立つはずよ」


 薄青色の髪をなびかせながらゾフィーは微笑む。帝国最強の騎士たちを従える女傑の言葉にはとても重みがある。目先の不安に囚われるソレイユとは異なり、ゾフィーの目はしっかりと大局を捉えているのだ。

 

「弱気となってしまった私をどうかお許しください。お二人の言葉を受けて、今度こそ覚悟を決めました。指揮官として此度の作戦を指揮させて頂きます。至らぬところがあれば、どうか遠慮なく叱責してください。此度の戦に勝利し、ルミエールの地を守り抜くためならば、私はどのような苦労も厭いません」

「揺るぎない覚悟を宿した良い目をしている。流石はフォルス様のご息女だ。ルミエール領を守り抜くため、共に参りましょう。我らの前に障壁などありませぬ」

「アイゼン・リッターオルデン一同、全力で此度の戦に臨ませていただきますわ。帝国最強の名、とくとご覧にいれましょう」


 顔を見合わせて頷き合うと、各部隊の長たちはそれぞれの得物を取り出した。

 ソレイユは愛用のタルワール、ゾフィーは青い刀身が印象的なレイピア、ドミニクはハルバート(戦斧)をそれぞれ掲げる。己や隊全体を鼓舞するかのように、柄を合わせて高らかに金打きんちょうさせた。


「……リアンの町、大丈夫かな」

「フォルス様や藍閃らんせん騎士団の強さを誰よりも理解しているのは、団員でもある私達だろう。ひょっとしたら、私達が到着する前に片がついているかも分からんぞ」


 故郷の危機とあって普段は陽気な、茶髪を三つ編みにした美女、ウー・スプランディッドの顔色も曇っている。

 愛する婚約者を励ますかのように大柄な赤毛の騎士、クラージュ・アルミュールはらしくない軽口を交えてその肩を抱き寄せた。表情まで作りきれていない以上、クラージュの心境もウーとは似たり寄ったりのようだ。

 二人の少し後ろに佇んでいる亜麻色の髪を持つ眼鏡っ娘のリス・ラルー・デフォルトゥーヌも、心ここにあらずといった様子で空を見上げていた。不安な気持ちをどのように誤魔化せばいいのか測りかねているのだろう。普段ならニュクスあたりが気を利かせて軽口でも叩いているところだが、今回ばかりは彼にもそんな余裕はないようだ。


「任務を前に固い表情とは、君らしくないね」

「そう見えるか?」


 石壁に背中を預けるニュクスの隣に、立てた槍を抱え込むようにしてファルコ・ウラガ―ノがしゃがみ込みこんだ。出撃時にでも結び直すのだろうか? 普段は束ねている金色の長髪をこの日は下ろしていた。

 ファルコはソレイユ隊の中で唯一、平常心を保っている。ファルコがルミエール領に縁のない人間だからというのもそうだが、彼が傭兵であることが何よりも大きいだろう。傭兵として雇い主の意向を汲み、全力で信頼にこたえる。そういう意識を持っているからこそ、戦場を区別せずに何時だって冷静でいられる。


「少しだけ、憂いを感じるような気がする。君は短期間ながら、ルミエール領に滞在していたと聞いているけど」

「……世話になった宿屋のご夫婦やその娘。絵を教えていた子供達のことが少し気になってな。今のところ、町の中にまでは被害は及んでいないようだが」

「なるほど、それは心配だね」


 茶化すような真似はせず、真剣な表情と頷きをもって返す。

 このような事態を想定していたかどうかは定かでないが、教団に属する人間として胸中は複雑なものであろう。感情が刃を鈍らせるタイプではないと思うが、いずれにせよ、普段は平静である人間が不安を胸に抱いている。戦を前にこの状況は好ましくはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る