第4話 次代へ繋ぐためにも

「避難状況はどうなっている?」

「リアンの住民の二割程を、カキの村を中継地点としてヴェール平原まで護衛。道中、教団の召喚した魔物による突発的な襲撃が発生したとのことですが、護衛にあたっていたカジミールの部隊がこれを撃破。オッフェンバック卿がグロワールから派遣して下さった救援部隊への引き渡しに成功したとのことです」

「うむ。今のところは順調だな」


 対アマルティア教団の指揮所なっているルミエール邸の会議室にて、フォルス・ルミエール卿は、レミー・ドラクロワ藍閃らんせん騎士団長団長の報告を受け取っていた。

 先日発生したアマルティア教団による突発的な侵攻。手つかずの自然が多く残る北部からの襲撃を受け、リアンの町は一時的に大きな混乱に包み込まれた。

 農地で作業中だった住民や防衛にあたった藍閃騎士団の団員ら、計数十名の犠牲を出す惨事となってしまったが、フォルスとドラクロワ団長の冷静な指揮の下、戦線を大きく押し戻し、リアンの町への侵攻を阻止。現在、戦線は硬直状態となっている。

 リアンの町に包囲網が敷かれる可能性を憂慮ゆうりょし、襲撃直後で教団側も体制を整えきれていないであろう現状を突き、リアンの住民の避難誘導を即座に開始。隣領であるロゼや大都市グロワールにも協力を仰ぎ、領民の避難先として受け入れを了承されている。


 第一陣として、カジミール・シャミナードを隊長とする部隊がリアンの町の住民の二割程を引き連れヴェール平原まで護衛。道中の襲撃も、カジミールはその戦闘能力を持って切り抜け、オッフェンバック卿の派遣した救援部隊への引き渡しに成功した。なお、リアンの町に近いカキの村も戦渦に巻き込まれる可能性が極めて高いため、事情を説明した上で、第一陣と共にグロワールの部隊に身柄を預けている。住民の退避が済んだカキの村は今後、動乱が終結するまでの間、避難活動の中継地点および、南部からの襲撃を警戒する防衛拠点として利用していく。


 先刻には第二陣として、ゼナイド・ジルベルスタインを隊長とする部隊がリアンの町を出立。こちらは西部方面から駆けつけてくれたロゼ領の部隊へと住民を引き渡す予定となっている。滞りなく成功すれば、これで住民の三割強を避難させられた計算となる。


 収穫期を目前に控えたこの時期に、領民たちに住み慣れた土地を、一時的にとはいえ離れる決断をさせてしまったことは心苦しいが、民の命あってこその領地だ。町や農地は再興出来るが、失われた人命を取り戻すことは出来ない。ルミエール領がかつてない窮地を迎えている以上、非戦闘員を戦場から遠ざけることは急務だ。無論、安全確保以外にも、藍閃騎士団が迷いなく戦闘に集中出来る環境を整えるという意味合いもある。熟練の戦士とはいえ、住民を守りながらの戦いは難しい。可能な限りリスクは削減しておくべきだ。


「教団の侵攻がいつ再開されるかも分からぬ。厳しい状況ではあるが、可能な限り全住民の避難を実現させたい」

「リアンの町が戦場になるとお考えですか?」

「無論、町を戦場とせぬまま防衛出来ればそれに越したことはないが、教団側の戦力はまるで底が見えぬ。最悪の事態は想定しておく必要はあるだろうな。我々の戦力は無限ではない」

「王都からの増援は見込めるでしょうか?」

「王国騎士団とて無碍むげには扱わぬだろうが、同時に侵攻された他の三地域の方が、救援の優先順位は上であろう。少なくとも大規模な増援は望めぬだろうな。いずれにせよ、当面は我が方の戦力だけで凌ぎきる他ない。必要に応じて私も前線へ赴こう」

「フォルス様、おんみずからですか?」

「そう不安そうな顔をするな。全盛期には遠く及ばぬとはいえ、剣聖けんせいの名はまだ死んではおらぬよ。雑兵の頭数を減らすくらいはしてみせるさ」

「フォルス様自ら剣を振るうのは、あくまでも最悪の場合に限ったことです。そうならぬよう、我ら藍閃騎士団が全力を持って事を収める所存。もっと我らのことも信頼してください」


 静かだが熱意を感じさせる反論。フォルスは一瞬だけ驚いた顔をし、執務椅子へと深く掛け直した。


「……すまぬ、少し感情的だったな。決して君達の力を信用しておらぬわけではないのだ。ただ、一線を退いて以降、ルミエール領にこれ程大きな災いが起こるのは初めてのことだからな。自ら積極的に剣を振るえぬことを歯がゆく思う私がいる」

「心中はお察しいたしますが、そう自らを卑下することはありますまい。フォルス様は名将と評される有能な指揮者でもあらせられる。今回は若かりし頃とは戦い方が異なるだけのこと。どうか我ら藍閃騎士団という名の剣を、あなたの技量で振るっていただきたい」

「剣聖ではなく、名将として剣を振るえと申すか。なるほど、一理あるな」


 緊張感漂う雰囲気が一時的に弛緩しかんし、二人同時に笑みを覗かせた。

 主君と騎士であると同時に、二人は長年共に戦場を駈けてきた友人同士でもあるのだ。だからこそお互いに本音もさらけ出せる。


「このような時になんですが、一つご相談をよろしいでしょうか?」

「何だ?」


 友人としての表情はここまで。

 藍閃騎士団団長としての表情と立場で、ドラクロワはフォルスへと提案する。


「私の後継に関してです。無論、今すぐにということではありません、現状が大陸の混乱期でもあることもあり、当面は騎士団長としての職務を全うしていく所存。これはあくまでも将来的なお話しです。生涯現役が理想でしたが、恥ずかしながら、騎士としての己に衰えを感じ始めているのも事実。次代の藍閃騎士団を背負って立つ、次期騎士団長の擁立は不可欠であると考えています」

「君が藍閃騎士団の団長職に就き、もう20年か。私がソレイユに対して地位を継承する日もそう遠くはないし、お互いに代替わりの時期、ということなのかもしれないな。して、将来的に誰を騎士団長へ推したいと考えている?」

「カジミールを推薦したく思います。まだ若いが、彼は個人の戦闘能力をもちろんのこと、集団戦での司令塔としての能力にも優れている。冷静沈着な性格と大局を見極める計略眼の鋭さも、上に立つ者としての素晴らしい資質です。先のロゼ領への支援も滞りなく進めてくれましたし、十分な器であると考えています。無論、欠点がないわけではありませんが、そういった点は指導によって十分改善させていこうかと」

「カジミールの能力や働きは私も評価している。今はまだ若いが、将来的にということならば、これ以上ない逸材であろう。領主としても異論ないよ。ソレイユとも良い意味で距離感が取れていることも、時に異を唱えばならぬ片腕として好ましい」


 リスやクラージュ達と比べるとソレイユと年齢が離れていることもあって、カジミールは主君としてソレイユを敬愛しつつも、決して近すぎない絶妙な距離感を保っている。信頼することと、肯定的であることは決してイコールではない。時には激論を交わしつつも、お互いを尊敬しあえる。自分とドラクロワの関係性がそうであったように、領主と防衛責任者たる騎士団長との関係は、それぐらい望ましいとフォルスは考えている。


「未来を担う者たちのためにも、何としてもルミエールの地を守り抜かねばならぬな」

「同感です。此度の戦、絶対に勝ち残りましょう」

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