第3話 先遣隊結成
「時間が惜しいな。早々に各地に戦力を派遣すべきであろう。混乱期故、兵の志気は重要な要素だ。エヴァンタイユ戦の指揮は私が直々に執る」
騎士団長アンゲルブレシュトの決定に、参席者全員が異議なしと頷く。指揮官としてはもちろん、一人の戦士としても高い戦闘能力を誇るアンゲルブレシュト団長の参戦は、味方には高い志気を、敵陣には強い畏怖を与えることであろう。
「それならば俺も」
「なりませぬ。シエル様は王都にて待機を」
シエルの意見を、アンゲルブレシュト団長は有無を言わせず却下する。
「負傷した王族を戦場に置いては、それこそ兵の志気に関わります。先のレーブ様の死の混乱も冷めやらぬ状況、国民の不安を和らげるためにも、今は御身を危険に晒すわけにはいきませぬ。無論、私とてシエル様の騎士としての強さはよく理解している。あなたは一人の戦士としても優秀な人材だ。しかし、どうしたって立場というものはついて回るものです。どうかご理解を」
「……承知した。すまぬ」
正論故に、シエルは一切反論せずに、素直に引き下がった。
ルミエール領の件で感情を押し殺していた反動もあったのだろう。あまりにも幼稚な発言であったとシエルは猛省した。
政治的な意味では、やはりシエルは王子としての自覚が足りていない部分がある。戦線への参加希望には少なからず、レーブの死の原因を作ったアマルティア教団に一矢報いてやりたい感情が働いていた。自分本位故に、その身を案じる周囲の感情について考えが及んでいなかったことは事実だ。
「ゼニチュ方面の指揮はカンデラ、プラージュ方面の指揮はクーベルタンへとそれぞれ一任する」
「承知いたしました」
「朗報をお待ちください」
重役を担った二人の男性騎士は、レオポルド・カンデラと、トニー・クーベルタンの二人だ。
二人はアルカンシエル王国騎士団の両翼を担う豪傑で、アンゲルブレシュト団長が戦力として最も信頼を寄せる最側近である。現状、アンゲルブレシュト団長は明言していないが、二人は時期王国騎士団長の筆頭候補であり、団長がどちらを後継者として指名するのか注目が集まっている。
「プラージュでの作戦には、是非とも我らも参加させて頂きたい」
「ロー殿か。お気持ちは嬉しいが、まだ連合軍は正式には始動前。必ずしも参加する必要はありませぬよ?」
名乗りを上げたのは、連合軍に参加すべく、先日フォンタイン王国からアルカンシエルへと到着した
イェンスは現在26歳。外はね気味の赤茶色の髪が印象的な長身の美青年だ。
無名の下級貴族の出ながら、実力一本でフォンタイン王国を代表する黄昏の騎士団の団長にまで上り詰めた若き英傑である。
「プラージュ港は、我らフォンタイン王国との交流も盛んな貿易港であります。連合軍としてはもちろん、フォンタイン王国としても決して他人事ではない状況ですので」
判断は貴殿に任せると、アンゲルブレシュト団長は、プラージュ方面軍を一任するクーベルタンへと目配せする。
「私に異論はありません。英傑と名高いイェンス・ヴァン・ロー殿と戦場で肩を並べられる。願っても無い機会だ」
「ご承諾に感謝いたします。クーベルタン殿こそ、その武勇はフォンタイン王国においても広く知れ渡っております。私どもこそ、あなた様と共に戦える機会を持てたことを光栄に思いますよ」
同じ連合軍に参加する者として、国家の垣根を超えて共に戦う間柄なのだ。演習の機会を持てずぶっつけ本番とはなってしまったが、実戦で交流を育むというのも悪くはないだろう。
完璧な連携は難しいだろうが、共に他国にまで名を轟かせる著名な騎士同士。互いに緩衝の邪魔さえしなければ、各個が活躍するだけでも十分な成果を上げられることだろう。
「ルミエール領に関しては、動向を見極めるためにも先遣隊を送りたい考えている」
アンゲルブレシュト団長の眼差しが、ソレイユの方へと向けられた。
歴戦の猛者たる団長の眼光に決して怯むことなく、ソレイユはその瞳を真っ直ぐ見据えている。
「先遣隊には地理に明るい者が望ましい。ルミエール領出身であり、アマルティア教団との戦闘経験豊富なソレイユ殿が適任と考える。よろしいな?」
「ソレイユ・ルミエール、謹んで命を御受けいたします。格段のご配慮に心よりの感謝を申し上げます」
「言ったであろう。適任だからこそ指名したまでのことだ」
平静を装ってはいるが、故郷の危機に心を乱されぬはずがない。
故郷の危機に不安を抱えたまま別の戦場に立つよりは、故郷の危機を救いたいという思いを直接、ルミエール領での戦いにぶつけた方が賢明だとアンゲルブレシュト団長は考えた。遠方において、故郷の危機は憂いでしかないが、現地でならそれは強い原動力と化すだろう。ソレイユは、感情を力に変えられるタイプの戦士であるとアンゲルブレシュト団長は評価している。
ソレイユをルミエール領に先遣隊として派遣することは、ルミエール領に侵攻する教団戦力に対する強い牽制になるとの狙いもある。直近で三度もアマルティア教団の目論見を打ち破って来たソレイユ・ルミエールという存在は、教団にとっても大きな脅威と写っているはずだ。そういったソレイユの名声が牽制として働き、より確実に、本格的に増援が到着するまでの時間を稼いでくれることを団長は期待している。
「ルミエール領へ向かう先遣隊には、ドミニク、君の隊も同行したまえ」
「承知しました……先の思慮の足りぬ発言、心より反省しております」
「謝罪は活躍で示せ。王国騎士団の代表として、ソレイユ殿を補佐してやってくれ」
「はい。全力で任にあたらせていただきます」
先の発言もルミエール領を案じるが故に発したものであった。ルミエール派兵の任を断る理由など何もない。思慮不足故に軽率な発言をしてしまった。その贖罪のためにも全力で事に臨む所存だ。
「よろしくお願いいたします、ドミニク殿」
「うむ。我が力、存分に振るわせてもらおう」
強い意志を宿した視線と視線とが交錯し、互いに頷きを返す。
「先遣隊とはいえ、本格的な戦闘に発展する可能性が高い以上、二部隊だけでは心持ちません。アンゲルブレシュト団長の許可を頂けるのでしたら、是非とも我らもソレイユさんに同行させて頂きたいのですが」
ある女性の発言を受けて一瞬、大会議室内がどよめきだった。
発言の中心にいたのは、シュトゥルム帝国の特使としてアルカンシエル王国に滞在している、アイゼンリッターオルデン(
ゾフィーが参加を表明するということは、当然彼女の指揮下であるアイゼンリッターオルデンがルミエール領での戦闘に参加するということ。それはシュトゥルム帝国最強と称される、黒騎士――ベルンハルト・ユングニッケルの参戦も同時に意味している。
「しかし、シュバインシュタイガー様は帝国側の特使であらせられる。連合軍が本格的に始動していない現状、作戦に参加して頂くというのは……」
ベラクール参謀長は渋面で思案する。
先のフォンタイン王国のイェンス・ヴァン・ローの参加とは、失礼ながら訳が違う。イェンス自身は実力こそ高く評価されているものの、その身分はあくまでも一介の騎士に過ぎない。
対するゾフィーは帝室の傍系にあたる名門シュバインシュタイガーの令嬢であり、帝国の特使として訪国している大事なお客様としての意味合いも強い
連合軍の本格始動前である以上、いかに本人が望んでいるとはいえ、アルカンシエル内で発生した戦闘に彼女を巻き込んでよいものか、その判断は難しい。
「帝国側からは、対アマルティア教団の活動に関しては私の裁量に一任されております。私が作戦に参加したからといって、帝国側から抗議が行われるようなことはありません。そのことは予めお約束しておきます」
「……しかし、そう簡単には――」
「俺は良い提案だと思う、ソレイユやドミニクの隊にアイゼンリッターオルデンの戦力が加われば、先遣隊と言わず、十分な戦力を有した戦闘部隊として行動出来る。領内の藍閃騎士団との挟撃が叶えば、ルミエール領の混乱鎮圧もより現実味を帯びてくるだろう」
ここに来てゾフィーの意見を肯定したのはシエルであった。王族の言質ともなれば、発言の影響力は大きい。
「いずれ共に戦う同士なのだ。それが少し早まっただけのこと。何か理由が必要ならば、表向きは特使としてのグロワールの視察ということにでもして、ソレイユたちに同行していただけばよい。兄や政治家連中へは俺の方から話を通しておく。出撃を見送る以上、王都で俺に出来ることをさせてもらうさ」
「ははは、まさかシエル様から、そのようなお言葉が飛び出すとは」
「……らしくないと自覚している」
「褒めているのですよ。よりよい結果をもたらさんと意見を通そうとするその姿勢、嫌いではありませんよ」
愉快そうに笑いを零したアンゲルブレシュト団長を前に、シエルは気恥ずかしそうに視線を泳がせる。自分にも他人にも厳しいアンゲルブレシュト団長。それは王族たるシエルに対しても例外ではない。団長から褒め言葉を頂戴するなど、何時以来だろうか。
「シエル様がこう仰っている以上、私の方からは異論ありませぬ。いえ、むしろお願いするのはこちらの方ですね。此度のアマルティア教団の侵攻に際し、是非ともアイゼン・リッターオルデンの力をお貸しいただきたい」
「シエル様、団長様の各段のご配慮に感謝いたします。我がアイゼン・リッターオルデン、全力を持って事に臨ませて頂きます」
ゾフィーはシエルとアンゲルブレシュト団長に深々と礼をする。
面を上げる瞬間ソレイユと目が合い、感謝の意を込めて頭を下げるソレイユへとゾフィーは微笑みを向けていた。
「これは時間との戦いにもなる。増援到着前に要所が陥落しては元も子もないからな。皆、すぐに出撃準備に取り掛かってくれ。これ以上、アマルティア教団の蛮行を許してはおけぬ。
アンゲルブレシュト団長の力強い一言に参席した騎士達が呼応し、大会議室内の熱気が強まる。志気の高まりを持って、緊急対策会議は閉幕となった。
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