第2話 四方侵攻

 物語は一週間前へとさかのぼる。

 アルカンシエル王国内で発生した同時多発的な侵攻への対策会議のため、王国騎士団本部の大会議室には、多くの著名な騎士や有力貴族たちが集められていた。

 国境線上での襲撃以来の大規模な戦闘が予想される。投入する人選、作戦立案といった計画はもちろんのこと、侵攻が複数の地域に及んでいるため、解決の優先順位を設ける必要も出てくるだろう。


「アマルティア教団による侵攻は、東部エヴァンタイユ近郊、南部ゼニチュ領内、西部プラージュ領近海、北部ルミエール領リアン近郊の計四地域。各自、保有戦力を持って侵攻の第一波を退けたとの情報ですが損耗は甚大。対する教団側の戦力は、召喚術の併用も相まって未だに底が見えず、十分な戦力を維持していると思われます。現状は厳しいものと言わざる負えません」


 進行役の若い騎士が、苦々しい表情で報告書を読み上げる。

 昨日発生した、アマルティア教団による同時多発的侵攻。

 狙われた四つの地域はどれも、国の生命線を狙う重要拠点ばかりである。


 東部エスト領の中心都市エヴァンタイユは、王都サントルに次ぐアルカンシエル王国第二の都市だ。エヴァンタイユ陥落ともなれば、経済的、軍事的損失は計り知れない。


 南部ゼニチュ領は、多くの鉱物資源が眠る山岳地帯である。鉱山開発はアルカンシエル王国の主要産業の一つであり、鉱山都市フォルジュロンには研究機関や兵器生産工場も数多く存在している。産業、軍事の両面から、掌握を許すわけにはいかない。


 西部プラージュ領は海洋に面し、多くの船舶が出入りする海洋交易の要。ここを掌握されてしまえば、アルカンシエル王国は海路の半分近くを失う結果となり、流通網の混乱は免れない。


 北部ルミエール領は、地方領故に土地そのものの旨味は他の三地域に及ばぬが、商業都市グロワールや、名馬の生育地として名高いロゼ領に面する立地から、教団側にとっては、今後の侵攻における前線基地として大きな意味合いを持つ。

 また、他の地域とは異なる特徴として、領主フォルス・ルミエールの存在が上げられる。かつて剣聖けんせいと称えられた名将フォルス・ルミエール卿。彼の存在はアルカンシエル国民にとって非常に大きなものだ。そんな彼が討ち取られたとなれば、侵略行為も相まって、アルカンシエル国内に広がる混乱は計り知れない。

 剣聖の名が、他の三地域に劣らぬ重要性を土地にもたらしてしまっている。威光が窮地を招いてしまったというのは、あまりにも皮肉な話だ。


「東西南北の要所を同時に襲撃とは、しゃくな真似をしてくれる」


 白髪交じりの黒髪を撫でつけた壮年の男性――アルカンシエル王国騎士団団長、ブノワ・アンゲルブレシュトが険しい表情で腕を組む。

 先のレーブ王子の死の混乱冷めやらぬ状況での突然の侵攻。連合軍の戦力も完全には整っておらず、最悪なタイミングだったといえる。


「優先すべきはエヴァンタイユ、ゼニチュ、プラージュの三カ所への派兵かと。これら三カ所が落とされた際の損失は計り知れません。可能な限りの戦力を投入し、侵攻を阻止すべきです」


 カイザル髭が印象的な参謀長、サブリ・ベラクールが進言する。アンゲルブレシュト団長から絶大な信頼を寄せられる彼の発言に、意を唱えらえる者は限られるが、


「ルミエール領は如何成されるおつもりですか?」


 目を細めて指摘したのは、茶髪で重めの前髪が印象的な王国騎士団所属の若き騎士、ドミニク・オードランだ。若輩ではあるが優れた武の才を持つ将来有望な騎士で、名門貴族オードラン家の子息ということもり、騎士団内でもそれなりの発言権を持つ。


「残念ながら、それ程多くの戦力は割けぬだろうな。他の三地点と比べ、ルミエールの優先順位は低いと言わざるおえぬ」

「みな等しく、守るべきアルカンシエルの一部でしょう。そこに優先順位をつけるとおっしゃるのですか?」

「我々の戦力は無限ではない。連合軍始動前の現状では尚更のこと。最悪の結果を防ぐためには、戦力に偏りを持たせることも止むを得ないと私は考える」


 ドミニクの意見に動じず、ベラクール参謀長は冷静にそう言ってのける。国家防衛の要たる王国騎士団の参謀職だ。感情は押し殺さねばならぬ。

 ドミニクはまだ若く、政治的判断というものに疎い。これまでは騎士として、多くの魔物を討伐してきたが、人間の悪意の絡んだ争いに関わった経験はほとんどない。若さ故の純粋さと言えば聞こえはいいが、有事においてそれは、青臭い印象の方が強いだろう。


「しかし――」

「オードラン殿。参謀長殿の仰る通りです」

「ソレイユ殿……」


 なおも食い下がろうとするドミニクを制したのは、参席者の中で最も心中複雑であろう、藍色の髪を持つ美少女、ソレイユ・ルミエールだ。17歳と最年少ながらも、これまでの対アマルティア教団の活躍を買われ、異例の参席と相成っていた。

 故郷の危機にあっても表面上は顔色を変えず、凛とした表情を保っているソレイユの姿は、17歳の少女とは思えぬ程に大人びている。

 当事者たるソレイユに制されたことで、ドミニクはそれ以上ベラクール参謀長に食い下がる真似はしなかった。幼稚かつ、熱くなりすぎたことはドミニクとて自覚している。


「私もフォルス殿とは20年来の付き合いだ。彼の率いる藍閃らんせん騎士団の強さも理解している。彼らならきっとそう簡単に潰されることはない。教団の侵攻にも耐え抜いてくれるはずだ。各地の戦況を随時確認しつつ、投入可能な戦力を徐々にルミエールへ派遣してく計画だ。決して切り捨てるような真似はしない。故郷の危機に心中複雑であろうが、どうかソレイユ殿にもご理解いただきたい」


 フォルス・ルミエール卿率いる藍閃騎士団の戦闘能力は非常に高い。魔物の頻出地域故に団員全員が戦い慣れしており、対魔戦のエキスパート集団と言っても過言ではない。

 また、戦力の規模から考えて、アマルティア教団側も、より激戦の想定されるエヴァンタイユやゼニチュの方に多くの人員を回していることが想定される。ルミエールへ侵攻する勢力は他の地域に比べて小規模である可能性が高い。

 総合的に考えて、ルミエール領は保有戦力だけでもある程度は持ち堪えることが可能だろうとベラクール参謀長は考えていた。事実、侵攻の第一波防衛時点では、ルミエール領は戦力の損耗が少ない。


 かつて共に戦場を駆け抜けた戦友として、ベラクール参謀長はフォルス・ルミエール卿と、彼の指揮する藍閃騎士団のことを高く評価している。

 あるいはフォルスが病身ではなかったら、藍閃騎士団単独での完全防衛までやってのけたかもしれないと、そう思ってしまう程に、剣聖の功績は凄まじいものであった。病身である現在でさえも、指揮官としてのカリスマ性や計略眼は国内随一の名将。そんな彼らの守る土地であるからこそ、信頼という意味で、まず他の地域に戦力を融通する選択に至ったのだ。


「私は連合軍に参加した身。元より決定に従う所存にございます。ルミエール家の人間として、父や藍閃騎士団の強さもよく理解していますしね」


 不安を押し殺しながら、ソレイユは正面を向いて気丈に言ってのける。

 フォルスや藍閃騎士団の強さを信頼しているのは本当だし、参謀長の提言にも理解を示している。それでも、状況が厳しいものであることに変わりはない。侵攻を押し返し、防衛に成功しようとも、ルミエール領に多大なる被害が発生することは目に見えている。

 それは決して戦士に限ったことではない。民間人に関してもだ。リアン近郊に教団の勢力が出現した以上、最悪、リアンの町そのものが戦場と化す可能性がある。愛すべき故郷が、大切な人達が戦渦に巻き込まれてしまう。そんな様は想像したくない。


 目を伏せたまま沈黙し、ソレイユは着席した。

 そんなソレイユの姿を、対角線上に座る、アルカンシエル王国第三王子、シエル・リオン・アルカンシエルが歯がゆそうに見つめていた。

 シエルにとってルミエール領は第二の故郷とも呼べる場所。王子としてあるまじき感情ではあるが、生まれ育った王都以上に愛している土地といってもよい。剣術の師フォルスや、友に切磋琢磨した藍閃騎士団の騎士たち。王子である自分に委縮せず、自然体で暖かく接してくれたリアンの町の住人達。彼らのことを思うと、胸が張り裂けそうだ。


 先のドミニクのように感情的に意見を発したくなるが、王族であり、王国騎士団の幹部でもあるシエルが、軽々に私情を挟むわけにはいくまい。

 大局を見据えればこそ、より重要な拠点である他の三地域に戦力を集中させるべしというベラクール参謀長の意見はもっともである。その意見は尊重せねばならない。

 

 不安を覚えるソレイユに慰めの言葉の一つでもかけてやりたいが、今は言葉を飲み込み、会議に集中しなくてはならいない。

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