四章 死線連火 シセンレンガ
第1話 凶器としての有用性
自らを凶器と自称する彼の覚悟は、あるいは
たったの数カ月。たったの数カ月で彼は、凶器ではなく、人間よりの思考を身に着けてしまった。否、取り戻してしまったと言った方が正確だろうか。
以前までなら迷うことのない、簡単な二択だったはずだ。
殺しなど作業。そこに感情など伴わないはずだった。
大恩あるクルヴィ司祭の命令に従い、これまでずっと命を狩り続けてきた。
なのに、どうして即断即決することが出来ない?
「この子を殺せと?」
「簡単な命令だろう? 君は今、私の目の前でその少女を殺すだけでいいのだ。華奢な首だ、素手で簡単に殺せる。君にとっては羽虫を潰すに等しい行為だろう。
私とて君を試すような真似は不本意だが、如何せん、君の介入が先の暗殺計画失敗の要因となったこともまた事実。暗殺部隊統括者として、君の非情さを再確認する必要があるのだよ。少女一人の命で先の件は不問とする。君を評価しているからこその、破格の処遇と思ってくれてもいい」
非情な決断を、好々爺めいた笑顔で強いてくる。
死臭溢れる戦場においても、クルヴィ司祭という男のスタンスはぶれない。
「まさか、英雄殺しの名を持つアサシンが、いまさら少女一人に非情になれぬわけもあるまい?」
「……」
返す言葉が見つからない。その資格すらも存在しない。
教団のアサシンとして、これまでに多くの人間を手に掛けてきた。
悪漢相手だったのは最初期だけ。
教団に不利益をもたらすという理由で、罪なき民間人だって殺して来た。
本格的に英雄殺しとしての活動を始めてからは、恒久平和のために尽力する各国の英雄達を殺して回った。
その罪深さは、単純な殺害人数だけで測れるものではない。
殺された人間の家族や関係者を絶望に突き落とした。
英雄を殺すことで、将来的に彼らが救ったであろう多くの命をも、間接的に奪ったことになる。未来を、可能性を摘み取る。その所業はもはや殺戮者の領域だ。
大恩ある司祭の命令だからと、
愛する人の近くにいるためだからと、
他の生き方を知らないからと、
理由を見つけて、淡々と作業として多くの命を奪ってきた。
今回だって作業だ。
凶器として、与えられた役割を果たせばいい。
華奢な首に手をかけて、捻ってやるだけで全て終わる。
殺し慣れているからこそ、一瞬で死なせるという、身勝手な慈悲をかけることだって出来る。
今回の殺しは、任務と呼ぶにはあまりにも大袈裟だ。
華奢な少女一人。クルヴィ司祭の言うように、羽虫を潰すがごとく簡単な作業だ。
英雄殺しのアサシンは自身の抱きかかえた、意識を失った少女の顔を覗き込む。
このルミエールの地で、兄のように自分を慕ってくれた少女、イリス・オネット。
カプノスからの経過報告を受けていたクルヴィ司祭は、イリスこそが最も共に過ごす時間が多かった民間人であることを知っていたのだろう。
だからこそ司祭は、彼の非情さを証明するめの生贄として彼女を選んだのだ。
「さあ、その少女を殺してみせなさい。無垢な少女を無感情に殺す。凶器としての有用性を再び私に証明してみせない」
「俺は――」
イリスを殺害するか、あるいは――
運命を左右する選択が求められようとしている。
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