第51話 胸騒ぎ

「これで全員だな」

「はい。周辺に伏兵の姿は確認出来ません」


 別館のエントランスには、武器を抜いたシエルとカプトヴィエルの姿があった。周辺ではアサシンらしき三人の男が血だまりに沈んでいる。

 

「助かったぞ、クラージュ。傷の方は大丈夫か?」

「応急処置はしましたし、問題ありません」


 大きな柱には腹部を抑えるクラージュが腰を下ろして背を預けていた。道中でシエル達と合流、手負いながらも加勢し、共に三人のアサシンを打ち倒した次第だ。力の有り余っているシエルはもちろんのこと、カプトヴィエルとクラージュも手負いとは思えぬ奮戦ふんせんぶり。アサシン達もそれなりの実力者であったが、真の強者を前に終始圧倒されていた。

 現在はウーとファルコが改めて屋敷内を見回り中。シエル達はまだ状況を完全に把握出来ていなかったが、この時点で屋敷内のアサシンは全員排除され、事態は沈静化へと向かっていた。


「しかし、此度の会食は極秘。シエル様たちの動向を知る者はごくかぎらていました。一体どこから情報が漏れたのでしょうか」

「……内通者か」


 眉をしかめてシエルが呟く。あまり考えたくはない可能性が、私的な会食の機会を狙われた以上、内通者の存在は疑って然るべきだろう。仮に内通者が近くにいるとしたら、アサシンを退けただけでは根本的な問題解決とはならない。


「王城の方は大丈夫でしょうか?」

「何かが起こっている可能性はあるが、もしもということはあるまい。今日は特にな」


 〇〇〇


「王城内へ侵入したぞく、9名全員の死亡を確認しました。数名の負傷者が出ましたが幸いなことに我が方の死者はゼロ。被害は軽微といって差し支えないかと」

「報告をご苦労。何か新しい情報が分かればすぐに伝えてくれ」

「かしこまりました」


 イストワール城内の会議室にて、フィエルテ王子への報告を済ませた一人の騎士が、深い礼を残して会議室を後にした。

 第一王子であるドゥマンは隣国へ赴いており不在。会食のためシエル達も城を空けている今夜、王城内に留まっている王族は、トルシュ国王、フィエルテ王子、クリスタル王女の三人だけ。王子暗殺を謀った此度の襲撃において、狙われたのはフィエルテ王子だ。

 王城への侵入を許したのは不覚だが、当然内部の警備はより厳重。常駐している王族の近衛騎士を中心とした実力者達が賊を迎え撃った。また、今宵のイストワール城内は常駐の戦力に加えてとても心強い戦力も滞在してくれていた。賊からしたら、何とも運の悪いタイミングだったことだろう。


「ご協力に感謝します、シュバインシュタイガー殿。被害を最小限に抑えられたのは、あなた方のご活躍も大きい」

「当然のことをしたまでです。私達は同じ脅威へと立ち向かっていく仲間なのですから」


 今夜はシエルだけではなくフィエルテもまた、交流を深める目的で会食をもよおしていた。招待客は団長のゾフィーを中心としたアイゼン・リッターオルデン所属の騎士たちだ。当然、副団長のベルンハルトも参加している。

 常駐している強力な戦力に加え、帝国最強の騎士ベルンハルトを含むアイゼン・リッターオルデンも居合わせた今宵の王城イストワールは、賊にとっては絶望的な死地だったに違いない。


「賊の狙いはフィエルテ様だったと思われます。シエル様たちもご無事だとよいですが」


 フィエルテの側に控える臣下の一人が不安を口にする。王城に不在の王族の心配をするのは当然ではあるが、身内たるフィエルテの方は瞳に強い確信を宿し、一切の不安を表情に出さない。


「カプトヴィエルやコゼットも同行しているし、シエルとてあれで一流の騎士だ。己の身だけではなく、しっかりと妹や弟のことも守り抜いているに決まっている」


 気恥ずかしさから本人の前では絶対に口に出さないが、騎士としてシエルのことをフィエルテはとても信頼している。きっと兄弟揃って健在のはずだ。

 状況を把握すべく、ビーンシュトック邸には使者を送った。状況はじきに知れることだろう。


 しかし、不穏な情報は思いもよらぬところから飛び出してくることとなる。


「大変です! フィエルテ様!」

「何事だ?」


 一人の騎士が、血相を変えて会議室へと飛び込んできた。


「王城内のどこにもクリスタル様の姿が見えません」

「クリス姉さんが……まさか賊に?」

「クリスタル様のご無事は鎮圧後に確認しております。賊の介入とは考えにくいかと。直前の目撃証言などから考えると、どうやらクリスタル様は侍女じじょの目を盗み、自らの意志で城から姿を消された可能性が高いようでして」

「……どういうことだ? 他に何か変化は?」

「一つ。クリスタル様の自室から、ご愛用の弓矢一式無くなっております。これもクリスタル様が持ち出したものかと」

「……姉さん。武器など手に、いったいどこに?」


 フィエルテは嫌な胸騒ぎを感じた。今宵の混乱は、まだ終わりではない。

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