第49話 纏血の乙女
「絶対にあの人を取り戻す」
「それは困りますね。今や我が方の大切な戦力です」
戦場を正面玄関前に移したソレイユとロディアは、
「私はずっとあの人と一緒にいた! これからだってきっとそう。一時的とはいえ、お前の下にいるなんて我慢ならない」
「あなたとニュクスの間にそこはかとない絆を感じます。思いは私より遥かに大きいのでしょう。ですが私だって、一度手にした名刀をそう簡単には手放したくありません」
「あの人の本当の名前だって知らないくせに」
「本人はニュクスと名乗った。それで充分です」
「嫌な女……」
刃の交わりと共に口論も盛んとなる。片方が感情的なので舌戦と呼ぶには物足りないが、満ち溢れる迫力は凄まじい。
「もういい、黙りなよ」
「どちらかというと、あなたの方が口数も声の大きさも上だと思いますよ」
感情に支配され語彙に乏しくなったロディアでは、平時でさえニュクスを煙に巻くソレイユに口で勝てるはずもない。結局口論は、ロディアが一方的に苛立ちを募らせるだけの結果と終わる。
「絶対に殺す」
殺意に溢れたロディアが瞬間的にソレイユの背後を取る。今この瞬間の速度だけならばニュクスさえも上回っている。感情が身体能力を左右する傾向にあるロディアにとって、今の状態は絶好調であった。
――さっきよりもさらに早い。恐ろしい女性ですね。
驚異的な速度だが、まだ反応出来ない程ではない。ソレイユは咄嗟にタルワールを振り抜き、振り下ろされたロディアの二刀を弾き防いだ。
そこまで距離を空けぬままロディアが次の手に出る。スカートに仕込んでいた投擲用のダガーナイフをソレイユ目掛けて投擲した。至近距離とはいえ人体を貫通するには十分な威力。ソレイユの眉間目掛けて飛来するが、
「いやらしいタイミングを狙ってきますね」
ソレイユは左の掌でダガーナイフを握り止め、手の甲まで貫通して止まった。左腕はすでに数度負傷している。後遺症が残らない程度ならば、潔く盾として使ってやろうとソレイユは覚悟を決めていた。
「……毒を塗ったはずなのに」
情報の共有がなされておらず、ソレイユに毒が効かないことをロディアは知らない。勝利を確信していただけに驚きも大きい。
「そういえば、ナイフに湿り気がありますね。生憎ですが私に毒は聞きませんよ」
「化け物め」
「心外ですね。有事は武人でも、平時では17歳の乙女ですよ」
無表情で掌から血塗れのダガーナイフを引き抜き、地面に雑に放り投げた。今が平時でないとはいえ、とても17歳の乙女の仕草とは思えない。
「小細工が効かないのはよく分かった。首を刎ねるか心臓を貫くかしろということね」
「極論、そうなりますね。出来ればの話ですが」
「やってやるよ! あの人のためだもの」
「台詞だけ聞いていると、まるで私の方が悪人ですね」
小細工無しの接近戦を意識し、ロディアは再度至近距離での
「やはりあなたとニュクスの戦い方はよく似ている」
「……読んでいたの」
突然ロディアが腹部を狙って放ってきた回し蹴りの尖端を、ソレイユは咄嗟にタルワールの刀身で受け止めた。ロディアのブーツもニュクス同様に仕込みだ。今のロディアはニュクスよりも早いこともあり、予備知識なしでは反応が間に合っていなかったかもしれない。
しかし、脅威はまだ終わらない。初撃こそ不意打ち狙いだが、つま先の仕込み刃はロディアは彼女にとっては最も得意とする武器の一つ。仕込み刃の扱いに関してはニュクス以上で、その殺傷能力は非常に高い。
「刻んであげる」
演武でも舞うかのように、ロディアは軽やかな身のこなしで二刀のククリナイフと、両のつま先との計四刃で目まぐるしい連撃を叩き込んでいく。
――読みにくい……。
ククリナイフはともかく、両足の刃は攻撃のタイミングや間合いが独特で、対処しきれずにソレイユの腹部や左肩に裂傷が刻まれていく。幸い傷は浅いが、箇所が増えれば出血量は馬鹿にならない。
四刃を駆使して舞うように敵を刻み、返り血を帯びてより一層美しさを増していく。ロディアが「纏血」と呼ばれる
だが、ソレイユとてやられたままでは終わらない。傷を増やしながらも、勝機を確実に見出していた。
「そこです」
目が慣れてきたことで、ロディアが蹴りを繰り出す寸前で一度後退。瞬時にタルワールを振るい、右つま先の刃を破壊した。性質上、仕込み武器は例外なく強度に欠ける。金属板の仕込まれたソレイユのジャケットに何度も攻撃を加えた以上、限界は早いとソレイユは読んでいた。それこそ、刃同士の軽い接触で破壊される程に。
「とことんむかつく女」
「私は、意外とあなたのことは嫌いじゃありませんよ」
皮肉気に笑うと、ソレイユは血塗れの左手で前髪を後ろへと流した。
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