第48話 失望と殺意
「二人とも、一度刃を下ろせ」
「君のお願いでもそれだけは聞けないよ」
反抗を態度で表すかのように、ロディアの刃に再び強い力が籠められる。
――これがあなたの選択なのですか?
ニュクスの真意はまだ分からぬが、真剣な彼の眼差しを前にソレイユはその言葉に従い、一度タルワールを下ろした。
「獲物を横取りされるのは我慢ならない。俺の性格はお前が一番よく知っているだろう」
「知っているけど、それでも私はそいつを殺すよ。君は優しいから、私のやることなら何でも許してくれるでしょう?」
「……これだけは駄目だ」
「駄目って言われても続けるよ。どんな悪いことをしたって、君は絶対に私を傷つけないもの」
「……この人との決着は俺がつけないといけない」
「だったら今ここでつければいい」
「今はまだ決着の時じゃない……お前の言う通り、例えどんな過ちを犯そうとも俺はお前を責められない。だから、お前自身の意志でこの場は引いてくれ。本来の任務まで邪魔するつもりはないから」
「……だったら、一つだけ答えて」
「何だ?」
「君は私を助けたの? それともその女を助けたの?」
「それは……」
即答出来ずにニュクスは息を呑む。何も考えず、
愛する女性と、執心する標的。意味は違えど、どちらも大切な存在であることに変わりはないが……。
「即答出来ないんだ」
「ロディア……」
そのことに、ニュクス自身も衝撃を受けていた。この世界で最も大切な存在はロディア。その思いは今だって変わっていない。それなのに、どうして真っ先にロディアの名前を口にすることが出来なかったのか。ソレイユに執心しているといっても、それはあくまでも殺すための感情。本来、比べるまでもない二択のはずなのに。
「君の中でその女の存在は大きなものになっているんでしょう? 他ならぬ私に匹敵する程に……」
「それは殺すための感情だ。そもそも種類が違う」
「そんなの関係無いよ。私は君の心の中に私以外の女がいることが許せないの。君は私だけを見ていればいい。私も君だけを見ているから」
「ロディア……」
「だから、この女にはこの場で死んでもらわないといけないの!」
「止めろ」
ニュクスを押しのけようと、ロディアのククリナイフの圧がより高まるが、
「……どうしてその女を庇うような真似をするの?」
あくまでもロディアを一度引き剥がすための措置だったが、武器を手にソレイユを背に庇うニュクスの姿はさながら守護者のよう。まるで自身が悪者だという錯覚をロディアへと与える。どうして自分がこんな思いをしなければいけないのか? ロディアのソレイユに対する憎悪の念はさらに強まっていく。
「ニュクス、あなたは」
「……少なくとも今はお嬢さんと争うつもりはない。だけど、あの子にだけは刃を向けるわけにはいかない……俺はどうしたらいい」
「あなたが迷いを口に出すなんて珍しい。答えが欲しいですか?」
「そこまで迷惑はかけないよ。最後のは独り言だ」
ニュクスの表情が微かに
「何なんですか! 今のあなたは!」
感情的に声を荒げたアントレーネが、怒りと失望に体を震わせていた。血が
物腰柔らかく、何時だって平静を保ってきたアントレーネが見せた初めての激情に、ロディアでさえも
「……自らの手で標的を仕留めるために標的を庇った。そこまでならまだ理解出来る。だけど、何なんですかその穏やかな表情は! あなたのそんな目は見たことない! 見たくもない! 私の尊敬する『英雄殺しのニュクス』はそんな人間じゃない!」
「お前のイメージで勝手に俺を語るなよ。お前の知らない一面なんて幾らでもある」
「……私はあなたの標的にも手を出しました。そのことについてはどう思っているんですか?」
ニュクスを試すかのように、
「聡明なお前のことだ。どこかの馬鹿と違って、悪戯に俺の標的に手を出すような真似はしないだろう。任務中のやむを得ない接触だったことは容易に想像がつく。今回に限り見逃してやるよ。早く自分の仕事に戻れ」
慈悲深い言葉をかけられるくらいなら、即座に刃で喉を割かれた方がよっぽどマシだった。
「……『英雄殺しのニュクス』はそんな慈悲深い人間じゃない。お前は一体誰だ?」
「誰だと言われてもな。ニュクスとしか答えられない」
「……何があったか知らないが、あなたは
覚悟を宿した表情で、アントレーネがハルペーとスクラマサクスの二刀を構え、その切っ先をニュクスの方へと向けた。
強い憧れ故に、失望の反動は非常に大きい。尊敬の念は即座に憎悪にの念へと激変した。
「この場で目を覚めさせてあげますよ!」
「止めろ、お前と争うつもりはない」
自己防衛のため、ニュクスも咄嗟に二刀で応戦するも、血走った目のアントレーネに説得の言葉は届かない。
「もう任務なんて後回しだ。ロディア! 君はソレイユ・ルミエールを殺せ。そいつの存在はこの人に悪影響だ」
「何を言っているアントレーネ!」
「この場は私が全力で抑える! 早くその女を殺せ!」
「くそっ!」
アントレーネの全力にはニュクスとて油断ならない。一撃一撃に鋭い殺意が乗っており、裁ききるには強い集中力が必要だ。ロディアとソレイユの方にまで意識を向ける余裕が持てない。
「アントレーネに感謝しなくちゃね。これできっとニュクスの目も覚める!」
「……結局はこうなるんですね」
ロディアとソレイユの戦闘が再開し刃を交えるも、このままこの場所で戦闘を続けていては、お互いにニュクスの存在が障害となりかねない。図らずも心の内で意見が一致し、申し合わせたわけでもないのに、二人は咄嗟に同じ行動を取っていた。
「ニュクス、あなたは自分の戦いに専念してください」
「待っててねニュクス。私が絶対にこの女を殺してみせるから」
互いの刃を弾くと共に、同時に廊下の窓を突き破って二人は外へと脱出。戦いの舞台を屋外へと移した。
「待て!」
ニュクスにとってはどちらもここで死なせるわけにはいかない女性。何とかして二人の戦いを止めようと、後を追って飛び出そうとするが、
「私を無視するな……」
行く手を阻むようにアントレーネがダガーナイフを投擲。ニュクスの眼前を通過し、鼻先を微かに掠めていった。
「ロディアを追いたくば、私を倒してからにしろ。腑抜けた今のお前には、私は倒せないだろうがな」
「……誰にものを言っている? 腑抜け以下の雑魚が」
一度は許したアントレーネの過ちだが、この妨害は度し難い二度目の過ちであるとニュクスは判断した。アサシンとしてのスイッチが入り、眼光鋭く殺意を身に
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