第47話 役者は揃った
「お前を消さないと、あの人は私のところへ帰って来てくれない」
――何て攻撃的な刃。
ダガーナイフの
「ニュクスと初めて対峙した時を思い出しますね」
不意打ちのダガーナイフに二刀のククリナイフによる高速戦闘。ロディアの戦術がニュクスと似通っていることは、ソレイユも早々に見抜いていた。詳しい事情までは分からずとも、ロディアの殺意の源は任務達成を目指すアサシンとしての
「その名を口にするな!」
感情的に声を荒げたロディアの目まぐるしい連撃が襲い掛かる。一太刀、一太刀を頑強なタルワールの刀身で防いでいくも、目の前のロディアだけに集中してもいられない。
背後に殺意の動きを感じ取り、ソレイユは一度強引にタルワールでロディアの刀身を弾き返し、即座に上半身を低くした。瞬間、
「後ろに目でもついているのかい?」
「そんなところです」
余裕半分、強がり半分の発言。避けられる自信はあったが、一方で殺意を
――ニュクスさんを退けただけのことはあるか。
だが、付け入る隙は存在するはずだ。いかに先読みしようとも、人間の身体能力には限界がある。動きを読もうとも決して回避の叶わぬタイミングを、
「狂気に染まった表情。美しい顔が台無しですよ」
「表情の観察なんて余裕じゃない。お礼に顔から
「痛そうなので遠慮しておきます!」
「ちっ!」
――体術もなかなかのものだ。度胸も申し分ない。
一歩引いて、アントレーネは冷静に状況を見極める。
ニュクスに対する思い故に、ロディアの攻撃性は普段以上に高められている。攻撃の勢いはまだまだ加速するはずだ。対処に追われればソレイユにもきっと隙は生まれる。そこを確実についてやればいい。
あのタイミングでロディアが参戦したのは偶然だが、アントレーネにとっては幸運だった。二対一の方が圧倒的に早く片がつくし、ロディアとの共謀という形を取れたことが何よりも大きい。いかにニュクスが獲物を横取りされることを嫌うとはいえ、大切な存在であるロディアだけは例外だろう。彼女との共謀ならば、ニュクスの獲物に手を出したことに対するアントレーネの罪も少しは軽くなるというものだ。
――さっきよりも早い!
ロディアの連撃が加速し、ソレイユの反応が微かに遅れた。喉元を狙う刃に右手のタルワールでは間に合わないと判断し、咄嗟に左腕を盾として振るい、ククリナイフの軌道を強引に逸らした。ソレイユの紺色のジャケットの袖には金属板が仕込まれている。金属板ごと腕に裂傷が刻まれたが、そこまでの深手ではない。喉を裂かれるより万倍マシだ。
咄嗟の判断で負ったやむを得ない傷さえもソレイユは利用した。左腕から滴る血液を払ってロディアの目元へ放ち、即興の目くらましとした。反射的にロディアはほんの一瞬顔を背けてしまい、血液は左頬へと付着する。
先に一人排除しないと勝利は見えてこない。そう判断したソレイユは、このタイミングでロディアを仕留めることを決め、即座にタルワールで切りつけようとする。無論ロディアとて無反応ではない。殺られる前に殺るべく、即座にククリナイフで迎え撃つ。
――賭けに出たか。
攻撃の瞬間という最も大きな隙を、アントレーネは決して見逃さない。ソレイユが血の目くらましを放つ瞬間にアントレーネも動き出していた。このままソレイユのタルワールがロディアと接触する前に、ハルペーの鎌状の刃でソレイユの首を落す算段だ。
ソレイユとて二対一の状況では攻撃こそが最大の隙だと分かっている筈だ。一人仕留めて即座に回避するのが先か、自分の首が落ちるのが先か。持ち前の身体能力と度胸で、ソレイユは大きな賭けに出ていた。
ほぼ同時に三回、廊下内に金属同士が接触する音が響き渡る。
「……何をやっているんだお前たちは」
悲観とも怒りともつかぬ、感情の読み取れぬ声色。
目にも止まらぬ速度で駆け抜けてきたニュクスが、その場にいた誰もの意識を掻い潜り、ソレイユとロディアの間に割って入った。ソレイユの振り下ろしたタルワールとロディアが切り上げたククリナイフを、それぞれ二刀のククリナイフで受け止め、勢いを完全に殺している。
背後からソレイユに狙っていたアントレーネに対しては、二人の間に割って入る直前にダガーナイフを投擲し、ハルペーを弾き落としていた。ニュクスの介入を悟ったアントレーネはソレイユへの攻撃を一時中断し、バツの悪そうな顔でハルペーを拾い直している。
道中でのアクリダとの接触により、ロディアよりも到着が遅れてしまったが、暗殺部隊の侵入により混乱を極めるビーンシュトック邸内へ、ついに「英雄殺し」のニュクスまでもが参戦した。
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