第46話 憧れ

 ――彼女がソレイユ・ルミエールか。さて、どうしたものか。


 アントレーネはニュクスを尊敬する者として、彼を一度退けたソレイユ・ルミエールにとても興味があった。一目会いたいと思っていた一方で、ニュクスの標的であるソレイユを今回の作戦の中でどのように扱うのか、その判断は未だについていない。貧乏くじを引いた誰かが作戦終了までソレイユの気を引いてくれていたならそれが一番だったのだが、結局ソレイユはこうして早々に目の前に現れてしまった。

 ソレイユを無視して標的であるシエルを狙うべきなのだろうが、ソレイユの方が放っておいてはくれないだろう。一対二ならばまだしも、一対三での挟み撃ちとなれば流石のアントレーネでも分が悪い。


 状況を冷静に見極めるべく、目立った動きは現状とらない。


「ソレイユ。随分と長い手洗いだったな」

「女性に対しては、もう少し言葉を選ぶべきですよ、シエル」


 ソレイユは肩に掠り傷を負った程度で、戦闘に差し障る傷は負っていない。苦笑顔でシエルをたしなめるくらいには余裕だ。


「この場は私に任せて、シエルとカプトヴィエル殿はペルル達の下へ向かってください」

「お前一人をここに残していけというのか?」

「その通りです。シエル、あなたはもっと王子としての自覚を持ち、自分の命を大事になさい。このような状況下で本来あなたは戦うべきではない。自己防衛のための反撃ならばともかく、逃げれる状況では迷わず退避を選択するべきです。もちろんあなたの性格に反す判断であることは重々承知していますが、気持ちは押し殺さねばならぬ時もあります」

「……しかし」


 生来の仲間思いの性格に加え、ソレイユはシエルにとっては特別な感情を抱く異性でもある。ソレイユの言っていることは正しいし、問答する時間さえも惜しいことは承知しているが、どうしても素直に首を縦に振ることが出来ない。


「あなたの姉弟子が、こんな場所で敗北するとでも?」

「……不安を抱くなど、お前に対する侮辱だったな」


 力強く自信に溢れたソレイユの言葉を受け、シエルは反省するかのようにかぶりを振った。この場に残していくのは思いを寄せる幼馴染ではなく、尊敬に値する強く気高い一人の戦士だ。戦士の誇りを前に、不安など口にするべきではない。


「さあ、行きなさいシエル!」

「……出来れば君とはやり合いたくなかったが」


 ソレイユがタルワールでアントレーネへ斬りかかり、アントレーネは振り向きざまにスクラマサクスでタルワールを弾き返す。


「死ぬなよ」


 不安ではなく、あくまでも激励げきれいの意味でそう言い残した。シエルはアントレーネの反対方向へと駆け出し、後を追うカプトヴィエルが殿しんがりを務める。


「追われないのですか?」

「乱入者がそれを言うかい?」


 ソレイユの連撃を二刀で受け流しながら、アントレーネは苦笑顔で皮肉を口にする。


「ここで追ったら彼らと君とを、一対三で相手する構図となってしまう。僕は超人ではないからね。流石にそれでは死んでしまう。ならば――」

「ここで迅速じんそくに私を仕留めてから、再度シエルを狙った方が勝率は高いと?」

「ご名答。それに、大分やられたとはいえ、屋敷に侵入したアサシンはまだ残っている。近衛騎士には傷を負わせておいたし、私以外の誰かが殺しを達成するなら、それならそれで問題はない」

「自らの手で終わらせることにこだわりはないと?」

「私達は駒だ。任務において重要なのは内容よりも結果。終わらせるのが誰であろうと、標的さえ仕留めることが出来ればそれで良い。少なくとも私はそう考えている……欲を言えば、君とは一度も接触せずに王子の暗殺を達成出来れば尚良かったのだけどね。君との戦いは私の本意ではない」

「私の知る限り、あなたとは今日が初対面ですが? 慈悲をかけていただくわれが分かりません」

「君はニュクスさんのお気に入りのようだ。憧れの先輩の獲物を横取りするわけにはいかないからね」

「ニュクスの後輩さんですが、ずいぶんと義理堅いんですね。勝手なイメージで申し訳ないですが、アサシンらしくないというか」

「誰にでもこうというわけではない。あの人は私が最も尊敬する人間だ。非情で冷酷で、鋭利で迅速で、獲物にひたすら執心する姿もまた美しい。私は彼のようなアサシンとなりたくて今日まで技術を磨いてきた」

「確かに、あの夜の彼は妖刀のようでとても美しかった」


 ニュクスに対する憧れを語るアントレーネは、少年のように瞳を輝かせている。初めて彼と共に任務に赴き、間近でその仕事ぶりを目にした瞬間から、アントレーネはずっとニュクスのとりこだ。


「事情は今伝えた通りだよ。願わくば戦わずしてこの場を通してほしい。そうすれば、少なくとも私は君に危害は加えない」

「却下です。そちらの事情なんて知ったことではありません」

「一応、聞いてみただけだよ……悪く思わないでくれ」


 アントレーネがクロスさせた二刀の交差点を、ソレイユはタルワールの刀身の受け止める。


「私達はそもそも敵同士です。悪く思うも何もないでしょう」

「確かにその通りだ。ただ、私が言ったのは感情的な意味だけじゃなくてね」


 ――別の殺気?


 背後から殺意の飛来を感じ取り、ソレイユは反射的に右方向へ跳ぶ。飛来した投擲とうてき用のダガーナイフは、直線上にいたアントレーネが空中でキャッチした。この程度の芸当は造作もない。それが分かっているからこそ、投擲者は直線上にアントレーネがいるにも関わらず全力で投擲していた。


「ようやく見つけた……ソレイユ・ルミエール」

「悪く思わないでくれ。ここから先は二対一だ」


 黒一色のファッションにどす黒い殺意を重ね合わせたロディアが、二刀のククリナイフを手にソレイユの背後から現れた。美しい赤目は殺意に比例し、より美しい狂気の輝きを見せている。殺人者の色に染まってしまった少女は、誰かを殺そうとしている時が最も妖艶ようえんで美しい。

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