第43話 狩る者

「よくここが分かったな」

「刺客が要人を狙うとして、絶対に一人くらいは狙撃手がいるだろうとにらんでたんだよね。ここからなら、屋敷から退避しようとする標的を狙うに丁度いい」


 弓使いの狙撃手としてビーンシュトック邸の屋根の上に陣取っていたアサシン――アコニトの背後をウーが取った。ウーは屋敷内の見回りでは一度も侵入者に遭遇しなかったが、自分だったらどういう場所に陣取るかを想像し、この場所へとやってきた次第だ。結果的に大当たりだった。

 アコニトはフード付きのカーキのロングコートを羽織った浅黒い肌の男で、このような状況下でも無感情に瞬き一つ見せない。標的をまだ目視していないためか、弓と矢筒は背中に携帯したままのようだ。


「なるほど。同じ狙撃手だから気付けた目線というわけか」

「関心している場合? 背後を取られる。狙撃手としては致命的だと思うけど?」

「俺は狙撃手ではなく、アサシンだからな」


 不意に横風が吹き、アコニトのコートがなびいた瞬間、コート裏に仕込まれていた毒針がウー目掛けて飛来した。


「なるほどね」


 足場の悪い屋根の上にも関わらず、ウーは軽やかな身のこなしで毒針を回避。勢いそのままに、太腿ふとももに携帯していた狩猟用のナイフでアコニトへと斬りかかった。

 背後を取ったくらいで有利が取れるとは元よりウーも思ってはいない。その気があるなら問答に発展する前に不意打ちを決めている。

 暗殺者だけあり、アコニトは最初からウーの気配に感づいていた様子。それでも退避を選択しなかったのは、ひとえに自信の表れだろう。


「いい身のこなしだ。ただの弓兵ではなさそうだな」


 アコニトは懐から取り出したダガーでウーの狩猟用ナイフを受け止めた。同じ弓使い同士、接近戦用の武器も短剣と似通っている。


「元々は狩人の家系なの。弓が一番得意だけど、それだけじゃ狩人は務まらないから」

「獣を狩るハンターと人を狩るアサシンの戦いというわけか。面白い」

「どこが面白いのか理解に苦しむ。言っているあなた自身が無表情だし」


 アコニトは変わらず瞬き一つせず、太腿を狙ったウーの連撃を確実に受け流していく。発言と表情のギャップが何とも不気味だ。


「これでも楽しんでいるつもりなのだがな。表情を作るのは難しい!」

「くっ!」


 ナイフを大きく弾かれ、追撃を恐れたウーは素早いバックステップで一度後退した。弓騎士として日夜鍛錬を欠かしていないが、力勝負ではどうしても男女の差が出てしまう。


 ――まあ、正攻法で勝つ必要なんてないけどさ。


 即座に頭の中で戦法を切り替え、ウーは再度アコニト目掛けて狩猟用ナイフで斬りかかった。


「確かにお前の攻撃は早いが反応出来ぬ程ではない。何度打ち込もうとも無駄だ」

「それはどうかしら?」

「むっ?」


 ウーは切り上げるようにして全力でアコニトのダガーを弾いた直後、姿勢を低くしたまま、転がり込むようにしてアコニトの背後を取った。


「甘い!」

「かはっ!」


 即座にアコニトも反応。ウーの腹部に強烈なひじ打ちを叩き込んだ。衝撃でウーは胃液を戻し前傾姿勢となる。その隙も見逃さず、アコニトは右ひざでウーの顔面を蹴り上げ、豪快に鼻血が飛び散った。暗殺者として当然であるが、女性相手でも決して容赦はしない。勢いに乗ってきたのか、アコニトは鼻息荒くやや興奮気味だ。

 

「止めだ!」

「……それは遠慮しておく」

 

 蹴られた衝撃で眩暈めまいを覚えながらも、ウーは首筋を狙ってきたダガーの刀身を狩猟ナイフで辛うじて逸らす。すぐさま後退し、アコニトと距離を取って膝をついた。


「勝負あったな。楽に死ぬのと苦しんで死ぬの、どちらがお好みだ?」

「確かに勝負あったかもね」


 したり顔で二択を迫るアコニトに対し、ウーは嘲笑ちょうしょうを返した。

 

「……えっ?」


 体に違和感を覚え、アコニトの動きが止まる。


「これは……」


 自身の右足を見てアコニトの表情が一気に青ざめる。興奮で一時的に感覚が鈍くなっており今までは気づかなかったが、右のふくらはぎに矢の尖端が突き刺さっていた。


「……この矢、まさか」

「あなたの背負う矢筒から拝借して、蹴り上げられた瞬間に突き刺した。刺客の使う弓矢だもの。確実に殺せるよう、きっと毒物くらいは塗っているよね?」

「がふっ――」

「……想像以上にやばい毒みたいね」


 答えはすぐに示された。アコニトは豪快に吐血し、細い血管を中心に体全体から出血していく。暗殺部隊特製の秘毒の恐ろしさを誰よりも知るのは、それを扱うアサシン自身だ。自身に症状が起こった際の絶望感は計り知れないだろう。


「……おの……れ……」

「もう喋らなくていいよ」

「がっ――」


 ウーの放った一矢がアコニトの頭部を貫き、即死したアコニトの体はバランスを失って屋根の上から転落した。

 慈悲をかけたつもりはないが、人がもがき苦しむ様を見物するような悪趣味もない。敵とはいえ、少しでも楽に死ねるのならそれに越したことはないだろう。


「狩られたのはあなたの方だったわね」


 転落し、動かなくなった血塗れのアコニトの体をウーは見下ろす。


「人だって獣だもの」


 鼻と腹部は痛むがまだ戦える。もう一度屋敷内へ戻ろうと、ウーが痛みに眉をしかめつつ装備を整え直していると、


 ――いったいどこから?


 一瞬の間に背後に長身の男が現れ、大鎌を振るってウーの首を狙ってきた。


 ――間に合わない……。


 負傷の影響も有り判断が遅れる。ウーの首筋へ凶刃が迫ったが、


「間に合ったみたいだね」


 ウーの首筋に鎌が触れる寸前、何者かの声と共に鎌がピタリと静止した。


「ファルコくん?」


 ウーと長身の男との間に割って入ったファルコは、涼しい顔をして鎌の柄を握り止め、鎌の勢いを完全に殺していた。


「こいつの相手は僕に任せて、ウーさんは一度屋敷内に戻って。ナイフじゃ長物の相手は辛い」

「……悔しいけどその通りね。足手あしでまといにはなりたくないし、下で皆と合流することにする」

 

 ファルコが大鎌を握り止め、使い手に睨みを効かせている間に、ウーは装備を拾い上げてすぐさま屋根から近くの木の太い枝へと飛び移り、木を伝って地面へと下りていった。

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