第44話 死神
「優男のような面をして油断ならぬ男だ。仲間を気遣う間にもまるで隙が見当たらん」
「恐ろしいのは君の方だよ。目深に被った黒いローブに
ファルコの発言は皮肉の意味の方が大きい。ファルコが恐ろしいと評したのはあくまでも外見上の情報だけ。戦闘能力に関しては言及していない。
「死神か。あながち間違いではない。命を狩ることが私の仕事だからな」
「アサシンか。時期的に見てアマルティア教団と考えるのが妥当かな?」
「ほう、気付いていたのか?」
「確信があったわけじゃないけど、この時期に王族暗殺を企てる不届き者なんて他に思いつかないからね」
「名を尋ねても?」
「名乗る程の者じゃない。ただの槍使いだ」
「ならば一方的に名乗らせてもらう。アマルティア教団暗殺部隊所属、スコルピオスだ!」
これ以上の問答は不要と、スコルピオスは大鎌を全力で外側へと振り抜くことでファルコの握りを解き、強引に所有権を取り戻した。
「君が
普段使いの槍の布を解き、ファルコは眼光鋭く中段で構える。アマルティア教団暗殺部隊は、王都へ移送中のヴァネッサを殺害した組織だ。目の前の男が仇でなくとも、いつも以上に熱くなる理由には十分だ。
「その首刈り取ってくれる」
袈裟切りの形で振り下ろされた鎌の刃を、ファルコは槍の穂先で的確に弾き返す。大鎌などという変わった武器を相手にする機会は少ないが、ファルコ自身も長物の使い手だ。距離感を掴むのは容易――のはずだった。
「何?」
再度、刃同士が接触した瞬間、槍を握る右手の甲が微かに裂けた。当然、大鎌の刃に接触した覚えなどない。嫌な雰囲気を感じ取ったファルコは
「距離を取れば安全とでも?」
刃の届かぬ距離感が生まれたにも関わらず、スコルピオスは勝ち誇ったような顔で大鎌を垂直に振り下ろした。
――これは。
鋭い気配を感じ取り、ファルコは
「よくぞ見切った。大抵の者は初見で殺されるのだがな」
「その大鎌。ただの武器じゃないみたいだね」
「刃以外は、死の谷に生息する飛竜を素材にしている。その特性を受け継ぎ、衝撃波を斬撃に変換することが可能だ。まだ試作段階だが破壊力は御覧の通りだよ」
「重要な任務に試作品を持ち込むとは、大胆だね」
「私は新しい物が好きでね。誰よりも早く強大な力を扱える。素晴らしい優越感だと思わないかね?」
「強い武器を持つことで己が強いと錯覚する。典型的な己惚れだ」
「嫉妬かね? 同じ長物でありながら、リーチでは私が圧倒的優位に立つからね」
ファルコの背負うテンペスタから漏れ出す凶悪な気配に、スコルピオスはまったく気づいていない様子だ。スコルピオスの大鎌とファルコのテンペスタとでは圧倒的に格が違う。仮にファルコがテンペスタを抜いたとしたら、スコルピオスの体は大鎌ごとバラバラにされてもおかしくはない。もちろんこの程度の相手に命を削る魔槍を抜く気など微塵も無いが。
より強大な力が目の前に存在するというのに、それすらも見抜けず雄弁に強さを強調するスコルピオスの姿は
「圧倒的優位というのなら、さっさと僕を殺してみるといい」
「言われずとも」
ファルコの挑発に正面から乗り、スコルピオスはバツ印を描くように大鎌を振るい、クロスした斬撃をファルコ目掛けて放った。
「死ね」
ファルコは回避しようとはせずに、右腕を引いて中段で槍を構えている。スコルピオスは、斬撃に飲み込まれたファルコの体が無残に四分割される様を想像したが――次の瞬間に表情は驚愕に染まる。
「なっ!」
ファルコが真正面から放った強烈な刺突は斬撃の中心点を捉え、勢いを相殺させた。目には見えぬはずの斬撃を、ファルコの眼光はしっかりと捉えていたのだ。
「き、貴様の槍も特別な品か?」
威圧感に後退りながら、スコルピオスはなおも斬撃を飛ばしていくが、ファルコの槍裁きを前に
「長年愛用しているけど、物自体はごく平凡な素材を使った一般的な槍だよ」
「何故だ。私の鎌が、どうして普通の槍如きに……」
涼しい顔で全ての斬撃を掻き消し、ファルコは徐々にスコルピオスとの距離を詰めていく。
「武器の性能に甘んじた時点で底が知れる」
「黙れ!」
スコルピオスが感情的に大鎌を水平に振るったが、ファルコは咄嗟に身を屈めることでそれを回避する。長物を全力で振るうことは大きな隙だ。ファルコがそれを見逃すはずもない。
「があっ――」
ファルコは低い姿勢から、捻りを加えた刺突でスコルピオスの心臓を一撃で
「使い手に恵まれなかった武器が可哀想だ」
大鎌の持つ能力はシンプルだが強力だ。それ相応の技量と覚悟を持った者が使い手だったなら、もっと苦戦を強いられていたことだろう。
「僕は、お前の使い手足り得ているのだろうか?」
魔槍の使い手としては、今回打ち倒したスコルピオスは反面教師でもある。決して武器の性能に溺れず、相応の使い手であるべく己を鍛え続ける意識を絶対に忘れてはいけない。ましてやテンペスタの使用は命を削る。力に飲み込まれること
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