第42話 城塞

「廊下のぞくはあなたが?」

「何者なのか不確かですが、武装した侵入者を王族に近づかせるわけにはいきませんからね」


 地下書庫へと繋がる別館の図書室前へと到着したコゼットを迎えたのは、扉の前で腕組みをするファルコであった。道中の廊下には、賊と思われる軽装の黒衣の男が一人、自身の血だまりへと沈んでいた。

 傭兵として各地を旅してきただけありファルコは勘がいい。別館に居合わせていたのはたまたまだが、王族二人が在室中の図書室および地下書庫に何かあれば事だと思い、異変を察して直ぐに安全確保に向かった次第だ。賊は手探りで標的を捜している様子で、不意打ちで仕留めることは容易かった。

 賊を排除したのはつい今し方だ。仮にファルコがこの場に居合わせなくとも、コゼットは十分に間に合っていただろう。


「ペルル様たちは?」

「もちろんご無事です。物音に気付いてリスちゃんが一度顔を出しましたが、事情を説明したうえで、安全のためにペルル様たちと地下書庫で待機してもらうことにしました。図書室や地下書庫へ侵入するにはこの扉を通過する他ない。ここさえ守っておけば地下書庫は安全ですからね」

「ご協力に感謝いたします!」

「当然のことをしたまでですよ」


 深々と頭を下げてきたコゼットに恐縮し、ファルコは苦笑顔で面を上げるように促した。


「あなたとリスちゃんがいればこの場の守りは十分でしょう。僕は外しますが構いませんか? 傭兵として、雇い主や仲間の下へ向かわなくては」

「承知しました。この場をお守り頂いたことを、重ねて感謝申し上げます」


 お許しも出たことで、ファルコは槍を背負い直してその場を離れようとしたが、ふと思いついたかのようにコゼットの方へ振り返った。


「後に皆さんを地下書庫から移動させる際は、なるべくこちらのルートは通らない方がいい。僕が殺めた賊の死体が転がってますからね。女性や子供に見せるものではない」

「その点は私も同感です。渡り廊下の方には、もっとえげつない死体も転がっていますし」

「えげつけない?」

「シエル様のこととなると抑えが効かなくなる。私の悪い癖です」

「ははっ……」


 言葉の割に悪びれた様子は感じられず、コゼットは満足気に微笑みを浮かべている。

 怒らせたら怖そうなお姉さんだなと内心思いつつ、ファルコは苦笑交じりにその場を後にした。




「ペルル様、レーブ様。ご無事ですか」


 図書室前でファルコと別れたコゼットは、自らの目でペルルとレーブの安全を確認すべく地下書庫へと駆け下りた。

 多くの本棚に埋め尽くされた地下書庫の出入り口付近には、この場で唯一戦闘能力を持つ魔術師のリスが待機していた。書庫の奥ではペルルとレーブが肩を寄せ合い、その直ぐ側では俯いたリュリュが壁に背中を預けていた。

 突如発生した事態に不安はあれど、ファルコから状況の説明を受けたこともあり、大きな混乱は起こっていないようだ。


「コゼット。兄さまやソレイユは?」


 コゼットの下へと駆け寄ったペルルが開口一番、兄と親友の安否を心配する。


「中庭の方にはカプトヴィエルが向かいました。シエル様やソレイユ様自身も一流の武人であらせられる。今頃は無事に合流を果たしていることでしょう」

「……そうね。兄さまやソレイユのことだもの。きっと大丈夫」

「そうですよ、ペルル姉さま。シエル兄さま達ならきっと、此度のアマルティア教団の襲撃を見事に退けてくださいます!」

「そうねレーブ。兄さま達の足手纏いとならぬよう、私達も気を引き締めなくては」

「もしもの場合は僕が姉さまをお守いたします。日々積んできた鍛錬は決して裏切りません」

「ありがとうレーブ。心強いわ」


 自分だって怖いだろうに、不安気な姉を力強い言葉で励ましている。レーブの振る舞いには幼いなりにも男らしさが感じられた。

 そんな弟の存在が心の底から愛おしく。ペルルは不安を紛らわす意味でも、レーブの体を優しく抱きしめた。


「申し訳ありません、リュリュ様。お屋敷内でこのような騒ぎとなってしまい」

「……物は修理出来るし替えがききます。例え屋敷がどうなろうとも構いませんが……失われた命だけは元には戻せません。警備の兵や使用人たちが無事だといいのですが」

「……」


 生来の心優しい性格に加え、婚約者の死という悲劇を体験したからこそ、リュリュは死というものに非常に敏感となっていた。

 使用人たちはともかく、屋敷で雇っていた私兵は恐らく、王城から連れてきた兵士共々壊滅している。不安に押しつぶされそうになっているリュリュの前で残酷な事実を口にすることを躊躇い、コゼットは無言で頷くことしか出来なかった。


「ペルル様たちは状況が落ち着くまで地下書庫で待機していてください。私とリスで出入り口を見張ります」

「分かりました。お二人とも気をつけて」


 ペルルの見送りの言葉に笑顔で力強く頷き、コゼットとリスは地下書庫の階段を駆け上がる。


「コゼットさんが来てくださってとても心強いです。コゼットさんは魔術師として私の目標でもありますから」

「心強いのは私も一緒よ。リスのような才能あふれる魔術師と一緒なら、誰にも負ける気がしない」


 詠唱破棄で魔術を放てる程の才能豊かな魔術師は国内でも数える程しかいない。

 その内二人がこの場の守護者として協調している。その守りはまさに城塞じょうさいと呼ぶにふさわしい。

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