第41話 剛腕の一撃
「斧騎士か。見た目通りの剛腕だな」
「お互い様だろう。貴様の攻撃も片手とは思えぬ圧だ」
クラージュのバトルアックスとボルボロスが左手で握るガッツバルゲルの刀身が接触。押さず押されずの拮抗上体だ。クラージュはもちろん、ボルボロスも筋肉質な肉体の持ち主。互いに腕力には自信がある。
しかし、騎士であるクラージュとは異なりボルボロスは暗殺者。純粋な打ち合いだけで戦いを進めるはずもない。武器同士は接触したまま、ボルボロスが不意に打ち出して来た右の拳を、クラージュは咄嗟に左手で受けとめたが、
「むっ」
掌を貫く激痛がクラージュを襲う。クラージュの掌を短い刃が貫通していた。
ボルボロスが使ったのは、握りが刀身と垂直になっている特殊な短剣ジャマダハルだ。その形状から、拳で殴りつけるようにして刺突を放つことが出来る。
慎重派故に事故を警戒し毒物は塗っていないが、ボルボロスの剛腕を持ってすれば刺突の破壊力だけで十分驚異的だ。
ただし、相手が並の騎士ならばの話だが、
「貴様には痛覚がないのか?」
「激痛には違いないが、戦いにおいては些末な問題に過ぎまい」
ボルボロスがどんなに力を込めようとも、クラージュの掌からジャマダハルの刀身が抜けない。クラージュは傷口が広がることも
「ちっ!」
クラージュがすかさずバトルアックスを振り下ろして来たことで、ボルボロスはジャマダハルの回収を諦め、咄嗟に手を離して後退する。あのままもたついていたら、斧で右腕を切り落されていたところだ。
「いい反応だ。左手の礼に腕一本頂戴しようと思ったのだがな」
「元が取れずに済まなかったな。貴様の方はもう左手の自由は利くまい」
「気にするな。貴様の相手くらい今の状態でも十分だ」
「減らず口を!」
片手を潰したアドバンテージは大きい。両手で斧を振るえないぶん攻撃力は減少するし、痛みにより反応速度も鈍っているはず。今が攻め時と、ボルボロスは腰に帯剣していたもう一本のガッツバルゲルも抜き、二本の短剣で一気に攻め立てる。
「ふむ」
クラージュは右腕だけでバトルアックスを振るって刃を弾き返していくが、攻撃速度で上回るボルボロスの攻撃全てを防ぎきることは出来ない。胸部と左脇腹への鋭い斬撃は鎧ごと肉体を裂き、クラージュのインナーである黒いシャツに血が染み込んでいく。
「……さっきは
声を上げるどころか表情一つ変えないクラージュの姿に、圧倒しているはずのボルボロスの方が冷や汗を浮かべていた。どんなに打ち込んでも決定打が入らない。
クラージュの防御は的確だ。厚い鎧に守られ、刃が致命傷となり得ない箇所の守りは程々に、首筋や
「勝つために必要な痛みだ。拒む必要はあるまい」
「なにっ!」
不敵に笑った瞬間クラージュが動いた。痛みで使えないとばかり思われていた左手を咄嗟に動かし、斬り付けてきたボルボロスの右のガッツバルゲルを籠手の曲面で受け流しバランスを崩させる。そのまま右手のバトルアックスで思いっきり切り上げ、ボルボロスの右腕を大きく割いた。痛みと衝撃でボルボロスは右のガッツバルゲルを瞬間的に手放してしまう。
「おのれ!」
「くっ!」
ボルボロスはクラージュの懐へと潜り込み、残る左のガッツバルゲルで鎧ごとクラージュの腹部を刺し貫いた。流石のクラージュもこの時ばかりは激痛に表情を歪める。
また動きを封じられては厄介と、ボルボロスは即座にクラージュの腹部からガッツバルゲルを引き抜く。返り血を帯びながらバックステップで後退したが、
「むっ?」
距離を取った瞬間、クラージュが水平に
「甘い!」
ボルボロスは咄嗟に上半身を
攻撃後の隙をついた見事な一撃だったが武器を手放すなど愚か。負傷に加えてこれで丸腰だ。ボルボロスは勝利を確信して上体を元に戻したが、
「甘いのは貴様の方だ」
「えっ?」
右の拳を引いたクラージュが、ボルボロスの眼前まで迫っていた。
投擲したバトルアックスは端から囮。至近距離まで接近する時間が稼げればそれでよかった。
回避の厳しい距離とタイミングだが、相手の攻撃は苦し紛れの右ストレート。一撃を受けても、怯まず即座に斬り付けてやればいいとボルボロスは考えていたが、
……待て、拳の先に何か――
クラージュの右手には、左の掌から引き抜いた血塗れのジャマダハルが握られており、拳が刃で延長されていた。
異変に気付くも時すでに遅し。
ボルボロスの眉間目掛けて、ジャマダハルの刃が突き刺さる。
クラージュの剛腕で突き出された鋭利な刃は、ボルボロスの脳内まで一気に到達した。
「変わった武器だが、意外と私向きかもしれないな」
クラージュがジャマダハルの刃を抜き取った瞬間、
「……流石に、貫かれたのは利いたな」
出血する腹部の傷を抑えて、クラージュはその場に片膝をつく。
戦闘中は意識しないようにしていたが、賊の
「……客人よ。早まるなよ」
そう願ってしまう程度には、クラージュもニュクスに対して情が移っていた。
もちろん、主君たるソレイユを守るためならニュクスと戦うことにも迷いはないが、それが今でないことを信じたい。
負傷した腹部を抑えながら、クラージュはソレイユがいると思われる中庭を目指して歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます