第40話 揺さぶり

「一つ聞きたい。貴様たちの狙いはソレイユ様か?」

「いや。此度の狙いはあくまでも王位継承権を持つ王子たちだ。ソレイユ・ルミエールは直接の標的ではないが、障害として立ち塞がるのなら、排除するのもやぶさかではない」


 屋敷内を見回っていたクラージュは、堂々と正面玄関からエントランスへと現れた筋肉質なアサシン――ボルボロスと遭遇していた。ボルボロスの握るS字のつばと魚のヒレのような形状の柄頭つかがしらが特徴的な短剣――ガッツバルゲルからは真新しい血液が滴り落ちている。著名な貴族の屋敷だけあり、当然正面入り口には門番が常駐している。堂々とエントランスまで侵入してきた以上、とても荒々しい方法で訪問してきたことは想像に難くない。


「一国民として、王族暗殺を謀る輩を見逃すわけにはいかないな。ソレイユ様にも害が及ぶ可能性があるのなら尚更だ」

「害というなら、私など比にならん劇薬をお前たちは抱えているだろう? ニュクスは元気にしているか?」

「……なぜここで彼の名前が出る?」


 クラージュは不穏な空気に眉をしかめた。


「何だ、知らなかったのか? ニュクスは俺達の同胞。アマルティア教団所属のアサシンだ。自らの命を狙った刺客を抱き込もうとするとは、ソレイユ・ルミエールは何とも酔狂すいきょうな娘のようだな」

「……そうか、客人はアマルティア教団の所属だったのか」


 ニュクスが暗殺者であることは臣下の誰もが知るところであるが、正体を知るのは、ヴェール平原でニュクス本人から真実を聞いたソレイユと、早い段階でニュクスと教団との関係性を察しており、契約を結ぶ上でソレイユから事情を聞かされたファルコのみ。臣下達との間に余計な不和を生まぬようにと、ニュクスの正体に関してソレイユの口から直接明かされたことはない。

 敵を前に決して表情には出さぬが、初めて明かされた衝撃的な事実に、クラージュは内心動揺していた。クラージュの動揺はボルボロスも声色から察している。ニュクスの存在は揺さぶりをかける良いカードとなりそうだ。


「ニュクスのことだ。きっと寝返った振りをして虎視こし眈々たんたんと暗殺の機会を伺っているのだろう。図らずも発生した我ら暗殺部隊による屋敷内の混乱。殺しを実行するには絶好の機会だと思わないか?」


 説法でもするかのように、ボルボロスは後ろで手を組んで、ゆっくりとクラージュの下へと歩み寄って来る。


「……あの男が、再びソレイユ様に牙を剥く」


 思考の一瞬、クラージュの視線が下を向いた僅かな隙をボルボロスは見逃さなかった。

 無言のまま、背後から抜いた投擲用のダガーナイフを、鎧で守られていないクラージュの頭部目掛けて投げ放ったが、


「むっ?」

「隙をついたつもりか?」


 頭部を狙った一撃は、クラージュの右手の籠手こてに弾き落とされていた。完璧なタイミングで放った一撃だっただけに、ボルボロスもやや不満顔だ。


「ニュクスの素性を知り、動揺していたのではないか?」

「それとこれとは話が別だ。確かに驚きはしたが、それが戦闘中に隙を見せていい理由にはならぬだろう?」

「なるほど。一筋縄ではいかぬということか」


 クラージュの真っ直ぐな目を見て、ボルボロスは精神的揺さぶりという選択肢を早々に捨てた。目の前の騎士は、内心はどうあれ動揺を戦いに持ち込むような甘ちゃんではないらしい。戦闘中はあくまでも目の前の敵にだけ集中する。こういう即座に意識を切り替えられる人間は厄介だ。


「純粋な興味として一つ聞かせてもらいたい。ニュクスの行動は同胞たる我らにも読めぬが、もしも本当に彼が混乱に便乗して行動を開始したらとしたら、お前はどうするつもりだ?」

「その時は私自身の手で全力で彼を排除するまでのことだ。ソレイユ様をお守りすることが私の使命だからな。そのためにもまずは――」

「まず、何だ?」

「一刻も早く貴様を排除せねばならない。状況を見極めるためにも、ここで余計な時間を使いたくないからな」

「俺とてお前との接触は通過点に過ぎない。真の標的の下へと向かうべく、障害は取り除かなくては」


 迅速の目の前の敵を討つ。思考が一致した瞬間、本格的に戦闘が開始される。

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