第38話 命を背負う覚悟

「騎士王子の名は伊達ではないか」


 ツァカリがクロスさせた6爪の中心点を、シエルは的確にサーベルの刀身で受け止め、両者顔を突き合わせる形となる。攻撃の圧はツァカリの方が上だが、両腕が鉤爪かぎづめと一体化している分、即座に別の動きを取ることは難しい。その隙をシエルは見逃さなかった。


「お褒めの言葉をどうも!」

「ぐうっ――」


 シエルは強烈な頭突きをツァカリの頭部へと叩き込んだ。脳が揺れ、よろけたツァカリの両腕に込められた力が弱まる。仕掛けた側のシエルは額に内出血を起こしながらも平衡へいこう感覚を保っており、すかさずサーベルでいだが、


「王族の命を狙うだけのことはある。回復が早いな」


 サーベルの切っ先は、即座にバックステップを踏んだツァカリの腹部を微かにかすめただけで、致命傷を与えるには至らなかった。シエルとしては今の一撃で決めるつもりだったのだが、瞬時に感覚を回復させるあたり、敵ながら天晴あっぱれといったところだ。

 

「王子ともあろう者が、戦いを楽しんでいるのか?」

「実戦は己を何よりも強くする。賊とはいえ、強者と戦える機会を得られたことを、一人の戦士として嬉しく思っていたのは事実……だが、それもここまでだ」


 シエルの多弁はツァカリには油断と聞こえていた。ツァカリは獣のように体勢を低くし、何時でも飛びかかれるようにシエルの隙を伺うが、


「騎士として、王子としての俺は、お前を許せないという気持ちの方が強い」

「むっ?」


 ツァカリは我が目を疑った。ほんの一瞬の間にシエルの姿が視界から消え、殺意を含んだ冷徹な声が背後から聞こえてきたのだ。生存本能が危険を告げ、咄嗟とっさに右方向へと跳ぶ。次の瞬間にはシエルが背後から振り下ろしたサーベルが庭園の土をえぐっていた。僅かでも判断が遅れていれば、背を斬り付けられていたところだ。


「……確かに正面にいたはず」


 体勢を立て直した瞬間、ツァカリに再び緊張が走る。直前の攻撃地点から、再びシエルの姿が消えていた。


「お前は兵の命を奪った。彼らの命にむくいるためにも、俺はお前を殺す」

見縊みくびるな!」


 再び背後へと現れたシエルにツァカリは今度はしっかりと対応。左の鉤爪でシエルのサーベルを受け止めた。アサシンとして、そう何度も背後を取られるわけにはいかない。


「たかだが雑兵ぞうひょうの死に感情的になるなど、随分ずいぶんと青臭い王子様だな」


 再びサーベルと鉤爪とが拮抗し、両者顔を突き合わせての問答へと発展する。


「青臭くて結構。俺は人の死に無関心になどなれない」

「弱肉強食は世の常。死んでいった者たちは淘汰とうたされた弱者に過ぎぬ。動乱を経て、これからも多くの弱者がしかばねを晒していくことだろう。貴様はその全てを背負っていくつもりか?」

「……覚悟は出来ている。だが、その前に――」

「むっ!」


 感情と呼応するかのようにシエルの膂力りょりょくが上がり、ツァカリの鉤爪が徐々に押し負けていく。


「新たな犠牲を生まぬよう、俺は騎士として戦いの中で剣を振るい続ける」

「綺麗ごとを。貴様一人が救える命など、たかが知れているだろう!」

「そうかもしれない。だがそれでも、俺は一つでも多くの命を救えるよう、騎士となり、偉大な師の下で剣術を学んだ! 強くなければ、救えたはずの命も救えぬからな」

「くっ――」


 クロスしていた鉤爪をシエルのサーベルが強引に弾き、バランスを失ったツァカリの両腕が開かれる。

 刹那、シエルが高速で振るった二つの斬撃がツァカリの両腕を二の腕から切断。切断面から豪快な血の華が咲き誇る。


「まだだ!」


 尚もツァカリの闘争本能はまだおとろえを見せない。両腕切断の重傷を負いながらも決して膝をつかず、地面を踏ん張って前進し、シエルの首目掛けて噛みかかろうとしたが、


「絶えぬ闘志。敵ながら見事だ」


 戦士としての感情で経緯を表すと、噛みつかれるよりも早く、シエルはサーベルでツァカリの首をね飛ばした。

 獣の如き闘争本能を宿した男は首を刎ねられた後も三歩前へ進み、シエルにもたれ掛かるように前方へと倒れ込んだ。


「……名も知らぬ暗殺者よ、お前のことは忘れないぞ」


 失われた命を背負っていく覚悟、その中には自らが殺した人間も含まれている。

 例え相手が自身の命を狙うぞくだったとしても、自らの命を守るための殺人であったとしても、失われた命に対して責任があるとシエルは考えている。名も知らぬ一人の暗殺者の死を、シエルは決して忘れない。


「シエル様、ご無事ですか!」

「カプトヴィエルか」


 程なくして中庭へとカプトヴィエルが到着。血塗れのシエルの姿に一瞬ギョッとしたが、それらは返り血でシエル自身に目立った負傷は無いと分かり、息を撫で下ろしていた。


「賊の襲撃のようだ。状況はどうなっている?」

「複数の賊が屋敷内へ侵入しているようです。残念ですが警備の兵は全滅したと見て間違いないでしょう。異変を察し、ご兄弟の下へはコゼットが向かいました。状況を把握すべく、現在はクラージュ殿とウー殿が屋敷内を見回ってくれています」

「どれだけの賊が侵入している分からぬ以上、すぐさま非戦闘員を保護し、まとまって行動するべきだな」

「私も同意見です。十分に警戒しつつ、迅速じんそくにペルル様たちと合流いたしましょう」

「屋敷内で暗殺未遂とは、リュリュさんには迷惑をかけてしまったな。嫌でも先日の婚約者の事件を思い出してしまうだろう」


 先の騎士サングリエ殺害事件。犯人に繋がる痕跡が一切見つかっていないが、著名な騎士を容易く仕留めた手腕から、相当な手練れであることだけは間違いない。シエルは直感的に、此度の襲撃と先の事件との関連性を睨んでいた。


「そういえば、ソレイユ様はご一緒ではないのですか? 二人で中庭におられたはずでは」

「手洗いに行くと言って少し前から席を外している。異変を察したソレイユが直ぐに戻らないのも不自然だし、すでに賊との戦闘に発展しているやもしれんな」

「ソレイユ様をご信頼なさっているのですね。シエル様のお言葉にはまったく不安が感じられない」

「当然だろう。俺の姉弟子が、賊などに遅れを取るはずがない」

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