第37話 力量差

「一度だけ警告しておく。素直に道を開けろ。さすれば命までは取らない」

「悪いがこちらも任務でな。こうして出会ってしまった以上、全力で貴殿きでんを止めるのみだ」


 中庭を目指していたカプトヴィエルは、中庭に程近い本館西側の廊下でアサシンの待ち伏せを受けていた。

 顔の下半分を覆う、くちばしのような形状をした金属製のマスクが印象的なアサシンの名はランボス。顔の上半分も黒いローブのフードに覆われており、目元以外からは一切表情を見せない不気味な男だ。

 

「ならば、これ以上の問答は不要だな」


 ランボスが構えるのも待たず、カプトヴィエルは愛用する重量のある両手剣――グレートソードで即座に斬りかかった。


「グレートソードでこれ程の剣速とは。流石は王子付きの近衛騎士といったところか」


 ランボスはカプトヴィエルの振り下ろした一撃を軽快なサイドステップで右方向へと回避。そのまま壁を蹴って体を上昇させ、ローブに忍ばせていた愛用の長剣でカプトヴィエルへと襲い掛かった。

 ランボスの動きにカプトヴィエルも即座に反応、グレートソードを手にしたまま瞬時に身をよじって一撃を回避。そのままグレートソードを振り抜き牽制の一撃とした。


「ふむ」


 追撃はせず、カプトヴィエルは一度冷静にランボスと距離を取る。

 

籠手こてで流そうかとも思ったが、回避を選択して正解だったようだ。初手で腕を抜かれるのは辛い」

 

 ローブの下に隠し持っていたランボスの得物えものは、刺突を得意とする鋭利な長剣エストックだった。使いこなすには高い技量が求められるが、熟練者ならば隙間を狙うことで騎士の鎧の守りを突破し、自在にダメージを与えることも可能だ。

 最も多く狙われるのは、構造上完璧に守ることの難しい各関節部などだが、アマルティア教団のアサシンであるランボスの場合は、部位を問わず隙間に一撃加えることが出来ればそれで全てが終了だ。ランボスのエストックの先端には暗殺部隊特製の秘毒が塗られており、一撃がそのまま死へ直結する。

 戦場の混乱に便乗し、多くの騎士の命をほふって来た実力者――「破鎧はがいのランボス」。

 騎士として鎧に身を固め、重量のあるグレートソードを振るうカプトヴィエルは、ランボスにとって相性の良い敵。足止めと言わず、この場で仕留めきる自信が生まれていた。


「騎士カプトヴィエルよ。貴殿の命はこの『破鎧のランボス』が貰い受ける!」


 早さでは分があると判断し、ランボスは正面から連続で刺突を放っていく。一撃一撃が確実に鎧の隙間を狙っていくが、


「なっ?」


 回避する素振りは一切見せず、カプトヴィエルは重量のあるグレートソードを小刻みに動かし、ランボスの高速の刺突をことごとく剣の腹で弾き返して見せた。ランボスの全ての挙動を見切り、時には先読みをし、一撃も鎧へと届かせない。


「……これがグレートソードの速度か?」


 より早く、より鋭く、ランボスは全力で再度仕掛けるも結果は変わらず。どんな一撃もカプトヴィエルのグレートソードを突破することが出来ない。ランボスの額に疲労と緊張感から汗が溜まるが、カプトヴィエルの方は何とも涼しい顔だ。

 カプトヴィエルがグレートソードを操る速度は、軽量で扱いやすい短剣や細身の長剣すらも上回っている。決してこのグレートソードは軽量な特別製というわけではない。刃が接触する度に大剣特有の確かな重量が感じられる。恐るべき動きを生み出しているのは武器ではなく、それを扱うカプトヴィエル自身の技量と筋力だ。


「程度は知れた」

「がああっ――」


 ランボスが9発目の刺突を放った瞬間、守勢から攻勢へと転じたカプトヴィエルは瞬時にグレートソードで切り上げ、エストックの尖端せんたんが自身へ届くよりも早く、ランボスの右腕ごとエストックを斬り飛ばした。

 

「……貴様、初撃は手を抜いてたのか?」


 激痛に目を細めながらも、ランボスは決して膝をつかない。それは無意識下で自身の敗北を否定したいからでもある。


「手抜きではない。私は慎重派でね。初手は踏み込み過ぎず、敵の力量の見極めに徹することにしているんだ。結論、貴様には大した脅威を感じられなかった。それと、もう喋らなくていいぞ」

「……力量差すらも見抜けずに、滑稽こっけい――」

「もう喋らなくていいと言っただろう」


 即座にグレートソードで袈裟けさ切りし、ランボスの上半身が切断面からずれる。

 両断された体が自重で床へと崩れ落ちる様は見届けず、カプトヴィエルは足早に中庭を目指した。

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