第35話 接触
「……警備の兵士はどうした?」
「全員殺した」
ドスの利いた低音で暗殺者は答える。シエル王子の下へ一番乗りした幸運の持ち主は、焦げ茶色のレザーのロングコートを身に着けたアサシン――ツァカリ。赤茶色の短髪と落ちくぼんだ目が印象的な威圧感ある男だ。
現状、武器を構える様子は無いが、ロングコートを着用している以上、仕込む場所には困らない。一瞬の油断が命取りとなる。
「貴様は何者だ?」
「問答は不要。第三王子シエル。その首を貰い受けるぞ」
「どこの回し者か知らんが、刺客に問い掛けるだけ無駄か」
俊敏な動きで一気に間合いを詰めたツァカリが、武器も抜かずに右腕を振り上げて飛びかかる。シエルが王子であると同時に手練れの騎士であることは周知の事実。いかに腕に自信があろうとも、丸腰でかかってくるとは考えにくい。即座の反撃を良しとせず、様子見も兼ねてシエルはバックステップを踏んでツァカリと距離を取った。
「やはり仕込みか」
腕を振り下ろした瞬間、コートの袖から三本の鋭い
「まるで獣だな」
ベンチの破片を蹴散らしたツァカリが左腕を勢いよく振ると、左の袖からも三本の鉤爪が飛び出し、武器は両腕で対を成した。高身長も相まって、大型の二足歩行の獣と相対しているような心地だ。
――屋敷の中はどうなっている?
「俺の命を狙ったこと、後悔するなよ?」
シエルの抜刀したサーベルが月光を反射し
「シエル様が剣を抜かれたわ!」
大広間で紅茶を
シエルのサーベルの鞘には護衛の観点から、コゼットが特殊な魔術を施しており、抜刀――戦闘が発生した場合には、術者であるコゼットに即座にそのことが伝わる仕組みとなっている。ただし、全ての抜刀の機会がコゼットへ伝わるわけではない。魔術は剣を握るシエルの意志に反応しており、例えば訓練や手入れといった平時の抜刀は危機とは異なるのでコゼットへは伝達されない。故に、此度の伝達はソレイユとの手合わせのための抜刀ではなく、シエルが明確な意志を持って敵に剣を向けたということを意味する。
「先ずはご兄弟の保護だ。シエル様の下には私が向かうから、コゼットはペルル様やレーブ様の安全を確保してくれ」
「了解。シエル様を頼みましたよ、カプトヴィエル」
護衛である近衛騎士二人の判断は早い。
「ならば私とウーで屋敷内を見回ろう。異常が起きているのならば、迅速に対処せねればならぬからな」
「頼んだぞ、クラージュ殿。ご武運を」
「ああ、カプトヴィエル殿も」
各自を武器を携えて大広間を飛び出し、屋敷内の四方へと散った。
「殺気を抑えても無駄ですよ。無感情になるくらいでないと、私の感覚は
「へえ、流石ニュクスを返り討ちにした女だね」
お手洗いを済ませたソレイユは、外の廊下で待ち伏せる賊の殺気に早々に気付いていた。
ばれては仕方がないと、
「御手洗いを済ませた直後の女性を待ち伏せるなんて感心しませんね」
「本当は用を足している時に襲っても良かったんだけどね。あっさり殺すのもつまらないから、それは止めておいた」
「どちらにせよ、悪趣味であることに変わりはありませんね」
「トイレの個室にまで、しっかりと
「あなたのような悪趣味な方が現れたのです。結果的に正解だったでしょう?」
「口の減らない女……嫌いなタイプだ」
余裕ぶって微笑みを浮かべるソレイユの姿にアクリダの苛立ちが
「ニュクスの名を出したということは、アマルティア教団暗殺部隊の人間と見て間違いなそうですね。標的は私ですか?」
「お前は今回の作戦の標的ではない。作戦に便乗して僕が個人的に殺すだけのこと」
「どういう意味ですか?」
「上のお気に入りだからって、最強ともてはやされるニュクスのことが昔から気に入らなかったんだよね。ニュクスが殺せなかったお前を殺せば、みんな僕の強さに気付くんじゃないかなと思ってさ」
「愚かな人」
「はっ?」
冷ややかな視線を送るソレイユの嘲笑を受け、アクリダの額に青筋が立つ。
「あなたからは何の脅威も感じない。あなたなんて、ニュクスの足元にも及びませんよ」
「……殺す」
持ち前の美顔は怒りのあまり
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