第33話 暗殺者たちの夜

「うーわ……相変わらずエグイことするね」

「そう? 割と合理的な殺し方だと思うけど」

「それのどこが合理的なのさ。どう考えたって趣味的な殺し方でしょ」

「あら、バレた?」


 王子の命を狙う教団のアサシン達は、すでにビーンシュトック邸の敷地内への侵入を果たしていた。屋敷の南門付近では、銀髪の少年アサシン――アクリダと、妖艶ようえんな雰囲気漂う女性アサシン――ピトレスの二人が、それぞれ一名ずつ、警備の兵士を殺害していた。

 アクリダは愛用のチャクラムで遠距離から首を裂くという無難な方法で兵士を殺害したが、ピトレスの殺し方はかなり残酷だ。初手で毒針で喉を潰して悲鳴を奪うと、次に麻痺毒を塗った針で体の自由を奪い転ばせ、仕上げに、肉まで溶かす強酸性の液体を顔面へと注ぎこんだ。兵士は悲鳴も上げられぬまま、生きながらに顔を溶かされてしまい、ピトレスはその様に終始、恍惚こうこつの表情で見入っていた。地獄の苦しみの中果てた兵士の顔は、元の姿が判別出来ぬ程に肉がただれ、一部は骨が露出していた。

 警備の兵士の処理は各自同時進行で行っている。今頃周辺の警備は全滅していることだろう。此度の暗殺任務に参加したアサシンはシンプルな殺し方を好む者が多い。迎える結末が死であることに変わりなくとも、猟奇的な殺し方を好むピトレスの毒牙にかかってしまった兵士は、あまりにも運がなかったと言う他ない。


「さて、ここからが本番ね」

「侵入さえ果たしてしまえば、後は早い者勝ちか」


 作戦などという大それたものはない。の強い実力者達を最大限活用するには、早い者勝ちと競争心をあおるのが一番だというのがアントレーネの判断であった。ただし、此度の暗殺任務にも作戦と呼べる取り決めが一つだけ存在している。それは貧乏くじを引いても全力で足止めに徹することだ。この場合の貧乏くじとは近衛騎士の二人を筆頭とした要注意人物との遭遇を意味する。標的さえ仕留めることが出来れば、殺害自体は誰が達成してもいい。標的である王子が屋敷のどこにいるか分からぬ以上、誰が遭遇するかは運。運の良かった誰かの殺しの成功率が上がるよう、外れを引いた者は文句を言わずに全力で要注意人物を足止めする。もちろん殺害も可だ。此度の暗殺任務に参加するアサシン全員がこの取り決めに同意した。元より強者を殺すことを嗜好しこうとする者もいる。要注意人物との遭遇を必ずしも全員が貧乏くじと認識しているわけではない。


「シエル王子はとても美麗びれい殿方とのがたと聞いているわ。そんな顔が溶け行く様、想像しただけでいっちゃいそう」

「僕は別に誰でもいいや。殺せればそれで」


 嗜虐しぎゃく趣味のピトレスと自信家のアクリダとで意見が分かれるが、にらむだけで標的を射殺しそうな鋭い眼光だけは一致している。二人はこの瞬間、己を異常者から暗殺者へと切り替えていた。




「ロディアとニュクスさんは合流せずか。まあいい」


 屋敷の裏手で、アントレーネが警備の兵士の頸動脈けいどうみゃくを短剣で淡々と割く。殺しは完全に作業だ。

 ビーンシュトック邸にニュクスの標的であるソレイユ・ルミエールが滞在していることを受け、共闘を申し入れるメッセンジャーとしてロディアを遣わしたが、結局作戦開始時間となっても二人は屋敷へ到着していない。ニュクスの逆鱗に触れることは避けたかったので、他ならぬニュクス自身にソレイユの相手を任せたいと考えていたのだが、そう都合よくはいかないようだ。元よりニュクスの存在を考慮していない任務だったので彼がいなくとも進行に問題は無いが、今後のことを考えるとソレイユ・ルミエールの扱いにだけは注意しておく必要があるだろう。総合的な意味では、近衛騎士二人よりもソレイユ・ルミエールが最大の貧乏くじとなる可能性も考えられる。

 ニュクスは到着が遅れているだけという可能性もあるが、任務中に過度の期待は不要とアントレーネは決して楽観視はしてない。物事は常に悪い方向に想像しておくべし。これはアントレーネが憧れの先輩であるニュクスから学んだ思考の一つである。ロディアに関しては仮にも暗殺部隊のメンバーの一人なので、到着が遅れようとも作戦には必ず参加するであろう。楽観ではなく論理的思考の下、ロディアはしっかりと戦力に数えられている。


「さて、作戦開始といこうか」


 不敵な笑みを浮かべ、アントレーネは屋敷内への侵入を果たす。

 同時刻には王城の方でも別部隊が作戦行動を開始しているはずだ。

 忍び寄る悪意に気付かぬまま、この夜王都は王族暗殺という、かつてない危機を迎えようとしていた。


 長く、そして短い、暗殺者たちの夜が始まろうとしている。

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