第26話 型

 長いテーブルを囲む会食の席でも、積もる話に会話は途切れない。

 中でも勉強熱心なレーブは、ソレイユへ積極的に質問を投げかけていた。


「ソレイユさんはどのような剣をお使いなのですか?」

「タルワールという片刃の剣を使用しています。レーブくんはルミエール家の始祖しそのことは?」

「もちろん存じ上げております。英雄騎士アブニールと共に戦った女性剣士――アルジャンテ・ルミエール様ですよね?」

「はい。始祖アルジャンテはタルワールの使い手だったとされ、ルミエール家に伝わりし剣術もタルワールの使用を前提とした技が多いのです。故に私や父を含め、歴代のルミエールの系譜けいふは皆、タルワール使いの剣士なのです」

「なるほど。しかし、ルミエールの剣術はタルワールを前提とした物が多いとおっしゃいましたが、シエル兄さまの剣術はどうなのですか? 兄さまの剣の師はフォルス・ルミエールきょうだと伺っておりますが、兄さまが好んで使用している剣は、確かサーベルでしたよね?」


 この質問にはソレイユに代わり、当事者のシエルが答えた。


「俺の剣術は、ルミエールの剣術を元に自分なりに派生させた我流なんだよ。以前はもちろんタルワールを使っていたが、最終的には今のサーベルに落ち着いた。フォルス先生の下での修行を終えた後、先生にこう言われたんだ。『必ずしも私の授けた型に拘る必要はない。戦いの型とは己で作り上げていく物。ルミエールの剣術を含め、君が強くなるために必要だと感じたあらゆる要素を複合させていき、君だけの型を完成させなさい。それを成した時、君はもっと強くなれる』とな。始めはよく分からなかったけど、騎士として実戦を経験する中で、俺は先生のその言葉の意味を理解したよ。例えば騎乗して戦闘する機会も多い俺には取り回しの利くサーベルの方が使いやすかったし、それに伴い技の角度や間合いもサーベル用に調整していった。まだまだ完璧とは言えないが、一応は俺なりの型というものは出来上がった。俺の武器や剣技がルミエールの剣術と微妙に異なるのは、そういう理由だ」

「なるほど。今の型はルミエールの剣術を基礎とし、シエル兄さまの到達したオリジナルということですか。剣術を学ぶ上で、また一つ勉強になりました」


 そう言って、レーブは持参してきた革の手帳に、シエルの話を要点をまとめて書き留めていた。「常に学ぶ」を信条とするレーブにとって、貴重な話を色々と聞ける此度の会食の席はとても有意義な勉強の場であった。


「レーブくんは勉強熱心ですね。将来がとても楽しみです」

「我が弟ながらレーブは本当に凄いぞ。座学はもちろん、剣術の筋もいい。間違いなく将来の王国を背負って立つ逸材だ」

「シエル兄さまのご期待に添えるよう、これからも努力していきます。一日でも早く、僕は一人前の、誰からも認められるような立派な王子となりたいです」

「お前は今でも十分立派だよ。少なくとも、俺なんかよりもよっぽど王族としての覚悟が備わっている。王国の未来は明るいな」


 穏やかな表情で、シエルは可愛い弟の頭を優しく撫でてやった。

 才能はもちろんのこと、レーブは良き王子になろうとするその向上心こそが何よりも素晴らしい。優秀な兄二人はもちろんのこと、弟のレーブもとても心強い王子へと育ってくれた。これなら、いつか自分が戦場で命を落すことになったとしても安心して逝けると、シエルは本気でそんなことを考えている。王子としてではなく、一人の騎士として戦場を駈ける覚悟。その背中を押してくれる弟の存在は、シエルにとってもとても大きなものだ。


「ソレイユさん。他にも色々と聞きたいことがあるのですが、よいですか?」

「もちろんです。私にお応えできることでしたら、何でもお話ししますよ」

「でしたらまずは――」


 勉強熱心なレーブは手帳を片手にソレイユへの質問を再開。

 質問の内容に関連して、今度はペルルとリスも会話に加わっていた。


「随分と静かだな。こういう場所は苦手か?」


 辺りを見回したシエルの視線が、テーブルの隅で黙々と食事をしていたニュクスに止まった。クラージュとウーはリュリュや屋敷の人間と、ファルコは近衛騎士のカプトヴィエルやコゼットと談笑を交わしている中、ニュクスだけが会食が始まって以来、誰かと積極的に会話をする素振りを見せない。賑やかな場所が苦手な人間だっているだろうし、何も大人しいことを咎めるつもりはない。ただ、名前と肩書だけは紹介されたが、ニュクス個人とはまだほとんど話をしていななかったので、話しかけるきっかけが欲しかっただけだ。

 シエルがニュクスに興味を抱いたことで、ソレイユはレーブの質問に答えつつも、意識をさり気なくシエルとニュクスの方にも向けていた。


「苦手という程でもありませんが、ほんの少し前まで単なる旅人でしたから。王族を交えての会食の場というのは、どうしたって緊張してしまいます」


 それっぽい表情と口調で、思ってもいない台詞をスラスラと吐いていく。決して素性を怪しまれることを恐れて閉口していたわけではない。会話に入っていくのが単に面倒くさかっただけのことだ。


「元は旅の絵描きと聞いたが、どのような絵を描くのだ?」

「主に風景画ですかね。旅の傍ら、旅先の風景を描き留めてまいりました」

「ソレイユからとても優秀な戦力でもあると聞いている。面白い戦い方をするそうだな」

「生き残るための工夫ですよ。正攻法では突破出来ない状況も、邪道ならば突破出来るかもしれませんから」


 真意は語らずとも決して嘘は言っていない。仕込み武器や毒物。暗殺を成功させるために、ニュクスはずっと邪道を歩んできている。


「生き残るためには手段を択ばぬということか」

軽蔑けいべつなされますか?」

「一人の騎士として邪道は好かんが、だからといって軽蔑などしない。なまじ戦場では、綺麗事だけでは乗り越えられぬ局面も多い。生き残るために手段を択ばないというお前の考え方は決して間違ってはいないと思う。先程のレーブとのやり取りは聞こえていただろうか? フォルス先生からの受け売りだが、戦いの型とは己で作り上げていく物だと俺は考えている。邪道だろうと、あらゆる手を尽くして敵を討つのがお前の戦い方だとすれば、それはこれまでの経験を元に作り出した立派なお前だけの型だ。それを否定などしないさ」

「シエル王子は変わったお方だ。邪道は好かぬといいながらも、それが戦いの型の一つである以上否定はしないと?」

「実際に結果も残しているわけだしな。お前がソレイユの危機を救ってくれたという報告は受けている。戦い方が邪道であろうと、何もお前自身が邪悪というわけではないだろう」

「なるほど」


 表情には出さず、心の中で苦笑する。

 何も事情を知らぬとはいえ、ソレイユの命を狙った人間を前に邪悪でないという。しかし、あまりにも真剣な眼差しを前にすると、それを嘲笑ちょうしょうする気にはなれない。むしろ、期待通りの人間ではなく申しわけないという、罪悪感の方が強かった。

 一人のアサシンにそんな感慨を抱かせてしまう程に、シエル・リオン・アルカンシエルという王子は不思議な魅力を放っていた。当人は王子らしくないと自嘲じちょうするだろうが、少なくとも生来のカリスマ性は本物だ。平和な時代故に王族というものは政治的能力だけで測られがちだが、動乱の時代であればシエルに対する評価もまた違っていたものになっていたことだろう。


「機会があれば是非とも手合わせを願いたい。騎士同士の手合わせでは、どうしても正面からの打ち合いになりがちでな。からめ手を得意とする者と手合わせ出来れば、普段とはまた違った訓練になると思うのだ。あえて言わせてもらうが、邪道への対策としてな」

「私などでよろしければ何時でも。といっても、シエル王子の方がご多忙でしょうかね」

「確かにな。今日の会食の時間を作るのも一苦労だった。だが、手合わせしてみたいという気持ちは本物だ。いつになるか分からぬが、話しは覚えておいてくれ」

「承知しました」


 ニュクスが笑顔で頷いたのを確認すると、シエルは今度はファルコやカプトヴィエル達の会話の輪へと入っていった。


 ――不思議な王子だ。


 シエル王子の横顔を目線で追いながら、ニュクスは切り分けた鹿肉のソテーを一口食した。


 

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