第25話 ビーンシュトック邸にて

 夕刻。約束していた通り、会食のためにシエル王子、ペルル王女、レーブ王子の兄弟がビーンシュトック邸を訪れ、エントランスでソレイユやリュリュに迎えられていた。

 お忍びということでお付きは少な目。護衛はシエル王子の近衛騎士であるカプトヴィエルとコゼット、王城付きの兵士が8名。ただし8名の兵士は屋敷内には同行せず、ビーンシュトック邸の私兵と共に屋敷周辺の警戒にあたる予定だ。護衛以外では、ペルル王女は自身が最も信頼する女中を1名連れていた。人数こそ少ないが、シエル王子自身を含めて戦闘能力の高い面子。こうしてソレイユ達とも合流した以上、戦力は申し分ない。


「こうしてまた会えて嬉しいわ、ソレイユ」

「私もよ、ペルル」


 ソレイユとペルルが再会を祝って力強くハグを交わしている。ソレイユの表情は年相応の少女らしい晴れやかな笑みを浮かべており、ペルルに至っては再会を喜ぶあまり涙を浮かべていた。

 ペルルは、剣聖けんせいフォルス・ルミエールきょうに師事する兄シエルに同行し、幼少期より頻繁にルミエール領を訪れていた。同性で同い年のソレイユとペルルが親しくなるまでにそれ程時間はかからなかった。年齢を重ね、それぞれ王族、貴族としての重要な仕事を担うことも増え、直接顔を合わせる機会はここ数年減っていたが、幼少期より互いをよく知る親友同士、お互いの存在の大きさは未だに変わりない。

 王都到着の翌日という、とても早い段階で再会の席を用意してくれたシエルには、お互いにとても感謝していた。


「これだけでも企画した甲斐があったな」


 幼馴染同士の微笑ましい再会を眺め、シエルは自分のことのように嬉しそうだ。幼馴染として、兄として、笑顔の二人の姿をとても尊く感じる。

 

「そうだ。ソレイユにこの子を紹介しないとね」


 親友との再会の感動も程々に、ペルルはシエルの隣に待機していた弟のレーブを呼び寄せた。やや緊張した面持ちのレーブを安心させるべく、ペルルはその両肩に優しく触れている。


「レーブ・ジェモー・アルカンシエルです。此度はソレイユ・ルミエール様とお会いする機会を得られたことを、大変嬉しく思います」

「初めまして、レーブ王子。ルミエール領主フォルス・ルミエールが嫡女ちゃくじょ、ソレイユ・ルミエールと申します。王子とはいつかお会いしたいと思っておりました。私の方こそ、こうしてお会いする機会を得られたことを嬉しく思います」


 膝を折り、ソレイユはレーブに目線を合わせて優しく微笑んだ。王族への敬意を払いつつも、友人の弟である一人の少年に対する優しさも同時に併せ持つ、ソレイユらしい柔らかな対応だ。


「そう固くなるなレーブ。ソレイユは俺やペルルの幼馴染。兄弟の友人の前なのだ。もっと気楽にいけ」

「ですが、王家の者として礼節を欠くわけにはいきません」

「公の場ではないのだ。そこまで気を回す必要は」

「ですが……」

「無理強いはよくないですよ、シエル」


 困り顔のレーブに助け船を出したのはソレイユだった。


「人にはそれぞれ、落ち着く距離感や口調というものがあります。初対面ならば尚更です。ですから、レーブ王子は無理に口調を変えたりする必要はありませんよ。もちろん私も最終的には、友人の弟さんであるレーブ王子とは気さくにお話ししたいとは思っていますが、それはもっと交流を深めて、王子が私との距離感に慣れてからで構いません」

「ありがとうございます。ソレイユさん。僕もいずれは、兄と姉のご友人であるソレイユさんとはもっと親しくなりたいと思っています。その第一歩というわけでありませんが、僕のことは是非とも王子ではなくレーブと呼んでください。友人の弟として」

「分かりました。よろしくお願いします、レーブくん」

「はい。こちらこそよろしくお願いします、ソレイユさん」


 レーブが上品かつ愛嬌のある笑みでソレイユの手を優しく取った。少年とはいえ流石は王族。紳士的な立ち振る舞いはとても様になっている。


「シエル兄さまの助言は余計なお世話だったようですね。あの様子なら、レーブはきっと直ぐにソレイユと打ち解けられます」

「違いない。我ながらガサツでいかんな」


 ペルルの指摘を受けて、シエルはハニカミながら頬を掻いた。ペルルの言うように、あの様子ならばレーブとソレイユが打ち解け合うまでにそう時間はかからないだろう。


「皆、昨日は済まなかったな。今日は口うるさい連中は誰もいない。気さくに行こうじゃないか」


 レーブの紹介が一段落したところで、シエルはソレイユの後ろに控えていたクラージュ達へ陽気に語り掛ける。


「シエル様らしいお言葉だ。少年時代に戻ったかような心地です」

「クラージュの物言いは相変わらず年より染みているな。歳は俺と一つしか変わらんだろうに」

「シエル王子はもう少し落ち着きを持った方が、威厳も増されると思いますよ」

「ウーは笑顔で痛いところを突くな」


 満面の笑みを浮かべるウーの鋭い指摘に、シエルは懐かしさを感じて笑い返す。王子としても騎士団の幹部としても、心休まる時間というのは少ない。懐かしい友人達と軽口を叩き合う今この時間が楽しくて仕方がない。


「お久しぶりです、リス。以前会った時よりも背が伸びましたね」

「ご無沙汰しております、ペルル様。ペルル様は相変わらずお綺麗ですね」

「あら、お上手ね。読書は変わらず?」

「はい。暇さえあれば本を読んでおります。ペルル様は?」

「最近は忙しいから以前程は読めていないけど、それでも最低でも週に1冊は物語を読むようにしていますよ。後であなたの最近のおすすめを聞かせていただいても?」

「もちろんです。ペルル様のおすすめも是非ともお聞かせください」


 リスとペルル王女は読書家同士、本に関する話題で大いに盛り上がっていた。ペルルとソレイユは幼馴染同士。ならば、ソレイユの付き人であるリスがペルルと親しいのも当然というものだ。


「事情はカプトヴィエルから伺っている。先日は騎士団の幹部連中が済まなかったな。一人の王国騎士団幹部として謝罪させてもらう」

「頭をお上げください、シエル王子。我らは昨日の件に関してはまったく気にしておりませぬ故」


 先日の一件を詫び、男らしく頭を下げてきたシエルの姿を見て、ファルコの方が恐縮してしまった。表情には出さないが驚いていたのはニュクスも同様だ。私的な場とはいえ、謝罪のために王子が頭を下げるなど前代未聞だろう。

 クラージュやウーもこの時ばかりは驚きのあまり目が点となり、兄の謝罪姿にレーブも目を丸くしている。シエルという人はよく理解しているソレイユやペルル、近衛騎士の二人に関しては、実にシエルらしい行動だと、驚く様子もなくどこか嬉しそうにしている。ちなみに、マイペースなリスはたまたま別の方向を向いていたため、シエルの行動にはまったく気づいていなかった。


「寛大な心に感謝する」

 

 何も自身が悪いわけではないのに、ずっと気にかかっていたのだろう。許しを得たシエル王子は晴れやかな表情で面を上げた。


「会食の用意が出来ております。立ち話も程々に、一度ホールの方へと移動いたしましょう」


 リュリュの言葉を受け、積もる話は会食の席へと持ち越されることとなった。

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