第24話 巌
思わぬ決着に、修練場内にしばしの沈黙が流れる。
いまいち状況に思考が追いついていない者も多いようだ。それだけギャラリーが試合に見入っていたということでもある。
「武器の破損により、模擬戦終了。この勝負は引き分けとします!」
沈黙を打ち破る、立会人の一人オスカーの一言。オスカーとウーはしっかりと状況を見定めており、意見が一致した上での結論であった。
「お互いの本気に、武器の方が耐えられなかったか。何とも呆気ない幕切れだ」
「だけど、とても楽しい試合だったよ」
「そうだな。まだ見せていない互いの真の実力は、戦場で肩を並べて披露することとしよう」
「心強いよ。ベルンハルト」
ファルコが差し出した右手をベルンハルトは快く取り、二人の戦士は握力を込めた力強い握手を交わした。
これを受け、二人の戦士の健闘をたたえて修練場内から割れんばかりの拍手が巻き起こった。特に熱心に拍手を送っていたのは、最初に軽率な発言をしていた若手の騎士や貴族の子息たちだ。強者同士の素晴らしき立ち回りに感銘を受け、完全に認識を改めたようだ。
「お疲れ様ですファルコ。素晴らしい戦いぶりでした」
労いの言葉でソレイユはファルコを迎え、預かっていた愛用の二槍を手渡した。
「お褒めの言葉を嬉しく思います。しかし、引き分けに持ち込めたとはいえ、内容的には僕の方が劣っていたと思います。練習用が無くやむを得ないとはいえ、ベルンハルトの得物は彼が最も得意とする大剣ではなかった。得意分野である槍を振るっていた僕はハンデを貰っていたようなものですから」
「あれだけの立ち振る舞いを見せながらなお、己に対して手厳しい評価を下す。ファルコは戦士の
「ソレイユ様だって、己に甘い採点を課すような真似はしないでしょう?」
「そうですね。高みを目指すということは、永遠と己を鍛え続けるということ。己への評価は厳しくあるべきだと思います」
意見の一致を受けて、二人の表情が同時に綻ぶ。
この人に仕えることが出来て良かった。この人を仲間に加えることが出来て良かった。それぞれの立場から、共に行動出来ることを二人は改めて喜んでいた。
「見ごたえのある試合だったわ。あなたも随分と楽しそうだったし」
「模擬戦とはいえ、実戦さながらに血が
「あなたがそこまで誰かを高評価するなんて珍しい。確かに、彼の真の実力はとても興味深いわね」
そう言って、ゾフィーの視線は槍を背負い直したファルコの背中の方へと向いた。
「あの長槍の持つ禍々しい気配。いったい何なんだろうね?」
「分からんが、平時でもなかなかの存在感を放っている。あれを戦場で抜くところを想像すると、興奮するな」
「やだ、変態臭い」
「うっ」
お叱りを受け、つま先を踏みつけられたベルンハルトから情けない悲鳴が上がる。ひょっとしたら模擬戦時よりもダメージを受けているかもしれない。
「あなたの大剣と彼のあの長槍。どちらが強いかしらね」
「この大剣は俺だけの物じゃない。お前の物でもあるだろう」
「この子はもう、あなただけの物よ」
目を伏せたゾフィーが、預かっていた大剣をベルンハルトへと優しく手渡した。ベルンハルトの両手は、大剣そのものの重さ以上に、ゾフィーから託された思いを強く感じ取っていた。
「ソレイユ女史の仲間は本当に面白いな。ファルコはもちろんのこと、あのニュクスとかいう黒服もいい度胸をしている」
「何かあったの?」
「ファルコと引き分けた直後、ほんの一瞬だけだが私に殺気を向けてきた奴がいた。恐らくあいつだ」
「どうしてそんな真似を?」
「あいつなりに私を試したのだろうさ。戦闘の直後というは最も大きな隙の一つだ。私の反応を見てみたかったんだろう」
「あの状況下であなた相手にそんな試みをするなんて、確かに面白い人ね」
「経歴は知らんが、あれはかなりの手練れだ」
ゾフィーから手渡された布で豪快に顔の汗を拭うベルンハルトの口元には、強者との出会いに感謝するかのように笑みが浮かんでいた。
「君も人が悪い。僕の晴れ舞台にあんな真似」
汗拭き用の布を首にかけたファルコが、肩を竦めながらニュクスへと歩み寄った。
「戦いが終わった直後なんだし、別に問題無いだろう。仮にも模擬戦だ。不意に伏兵が襲ってくる想定も悪くないだろう」
「口が回るね。それで、君の感想は?」
「
「巌ね。心身共に屈強な彼にピッタリな表現だ」
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