第23話 黒騎士VS槍使いの傭兵

「これより、ベルハルト・ユングニッケルきょうと傭兵ファルコ・ウラガ―ノ氏による一対一での模擬戦を執り行います。勝利条件は相手の戦意を喪失させる、もしくは相手の武器を破壊することとします。試合時間は5分間。その間に勝敗が決しない場合は、私を含めた二名の立会人が試合内容を総合的に判断し、勝敗を言い渡すこととします」


 修練場の中心部で、ソレイユ陣営を代表して立会人に選ばれたウーが改めて模擬戦の内容を周知する。その隣にはゾフィー陣営代表の立会人であるオスカーも控えていた。二人は目が良いので、試合内容を細かに把握する審判役としては最適だ。もちろん両者とも正々堂々としているので、自陣営を贔屓目ひいきめに見るような真似もしない。


「試合開始!」

「試合開始!」


 二人の立会人は声高に宣言すると同時に、試合を邪魔しないように即座に中心部からけた。


「お手並み拝見だ。ファルコ・ウラガ―ノ」

「お互いにね!」


 両者いっせいに駆け出し、修練場の中心で接触。加速の勢いの乗ったファルコの刺突を、ベルハルトは正面から受けて立つ。その剛腕をもって、長剣の腹で強引に槍の軌道を逸らした。両者すれ違う形となり、互いの笑みも交錯する。

 想像通りの楽しい相手だと、お互いに意見が一致していた。互いに初手で狙ったのは、相手の態勢を崩すこと。そこからの追撃こそが本命だったのが、武器同士が強烈に接触しても互いに決してバランスを崩すことはなく、それぞれに追撃可能な隙は生まれなかった。一筋縄ではいかない相手との一対一での勝負。戦場に生きる者として、こころおどらぬわけがない。


「いつもの得物えものでないのが惜しいな」


 ベルンハルトが大柄な体からは想像もつかぬ俊足でファルコへと迫り、ファルコ目掛けて右手で長剣を薙ぐ。いつもの得物でないという割に随分と扱い慣れている。最も自身と相性が良いのが大剣だというだけで、ベルハルトは基本的にオールラウンダー。どのような状況下でも戦えるよう、あらゆる近接武器に精通している。


「模擬戦用の長剣でこの圧とは、大剣なら受け切れていないな」


 長剣による連撃を槍の柄で流しつつ、ファルコは眉をしかめる。攻撃速度もさることながら、一撃一撃がそれこそ大剣を撃ち込まれているかのように重い。これでベルンハルトの得物が大剣だったとしたら、受け止めるという選択肢は存在していなかっただろう。武器の強度など関係ない。武器も人体も、軌道上のあらゆる物を真っ二つにしているはずだ。


「見事な反応速度だが、防戦一方では私に勝てんぞ?」

「意見をどうも!」

「ほう」


 ファルコとていつまでも守りに徹しているつもりはない。返答と同時に、設計上、よりも頑丈な石突いしづき(刃の反対側の先端)で長剣の切っ先を突き上げ、ベルンハルトの上半身に攻撃可能なスペースを強引に作り出す。


「そこだ!」


 ベルンハルトの胸部目掛けて、再度石突を突き出すが、


「甘い!」

「滅茶苦茶だね、君」


 あろうことかベルンハルトは迷いなく長剣を手放し、胸部へ接触する前に右手で槍の柄を握り止め、その勢いを完全に殺してしまった。怪力はもちろんのこと、唯一の武器を手放すという大胆な判断こそが何よりも恐ろしい。


「手を離してくれると、とても嬉しいんだけどね」

「生憎と今は手ぶらだ。はてさて、どうしたものか」


 ベルンハルトに握り止められた槍はビクともしない。元より力ではベルンハルトの方が上だし、石突側のベルンハルトの方が体勢的に槍を握りやすい。ファルコが槍の所有権を主張するのはなかなか厳しい状況だ。ファルコにもまた、大胆な判断が求められようとしていた。


「そうだね。君にあげるよ」


 ファルコは咄嗟に槍を手放し、ベルンハルトの側面へと転がり込む。立ち上がると同時に、ベルンハルトが手放した長剣を拾い、体を起こすと同時に切りつけた。


「ほう、剣も使えるのか?」

「槍ほど得意じゃないけど、人並みにはね」


 ベルンハルトは石突を地面へと付け、直立させた槍の柄でファルコの斬撃を受け止めた。追撃を警戒したファルコは瞬時にバックステップを踏んでベルンハルトと距離を取る。


「楽しいぞ、ファルコ・ウラガ―ノ。実戦でないのが少し惜しいが」

「君と殺し合うのが御免被りたいが、楽しいのは僕も同感だよ」


 ベルンハルトは試合前のファルコを真似るかのように器用に槍を回転させ、ファルコな慣れない長剣の質感を確かめるように、剣の腹を指先で撫でていた。二人とも表情には笑顔が浮かんでおり、心の底から試合を楽しんでいることが伺える。


 この頃には、試合前に軽率な発言をしていた騎士達も完全に閉口し、試合に見入っていた。結果はどうであれ、この試合がどのように決着するのか、固唾を飲んで見守っている。

 最前列のソレイユは武人としての鋭い眼光で二人の一挙手一投足を注視し、ゾフィーは珍しく楽しそうにしている副官の姿を見て、保護者のような目線で微笑みを浮かべていた。


「客人、この後の展開をどう見る?」

「間もなく試合時間が終了するが、判定勝負なんてあの二人の望むところでは無いだろう。決着をつけるため、互いに次の一撃に全てを込めるだろうな」


 ニュクスの読み通りに事は動いた。それは、実戦ではなく模擬戦という形だからこそのものでもあった。


「お互いに、考えていることは同じようだね」

「そのようだ。ますますお前のことが気に入ったぞ」


 お互いに臨戦態勢を解いて歩み寄り、修練場の中心で向かい合う。

 試合時間は間もなく終了だが、お互いに武器をトレードしたままというのは不本意だ。あくまでも模擬戦なのだから、お互いに悔いなく挑める状況を作るのも悪くはないだろう。

 

 お互いの武器を交換し、次の一撃で決めるべく両者距離を取る。


「行くよ」

「望むところだ」


 初撃同様、ファルコは加速の勢いの乗った刺突を、ベルンハルトはその剛腕を持って、全力で長剣を振り抜く形で迎え撃つ。

 気迫が修練場を全体を包み込んだ瞬間、武器同士が激しく接触。両者の渾身が込められた、初撃よりも遥かに強力な一撃によって凄まじい衝撃波が発生する。

 武器越しに伝わる衝撃が互いの骨肉を震わせた瞬間、その破壊力に耐え切れなかった練習用の武器が同時に破損。槍の穂は粉々になり、長剣もひび割れと同時に真ん中付近でポッキリと折れた。武器が破損したことで両者の攻撃の勢いは完全に消失した。

 

 ――ほう?


 一瞬、不意にベルンハルトがギャラリー側へと視線を向けた。

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