第22話 模擬戦

「模擬戦とはいえ、容赦ようしゃはせぬぞ?」

「望むところだと言わせてもらうよ」


 騎士団本部敷地内の修練場には、大勢のギャラリーに囲まれたベルンハルトとファルコの姿があった。それぞれの側の最前列では仲間達が状況を見守っており、ベルンハルトの上官であるゾフィーは彼の得物である身の丈程もある大剣を、ファルコの雇い主であるソレイユは彼の得物である二本の槍を、それぞれ大事に預かっていた。普段の得物に代わりに二人は、刃を無くし、殺傷能力を削ぎ取った練習用の剣と槍をそれぞれ握っている。

 あの後、会合は円滑に進んだ。アマルティア教団との実戦を経験したソレイユら一人一人の言葉にゾフィー達は大いに感心し、終始真面目に話に聞き入っていた。 ひとしきり語り終えると、会合の場は意見交換会へと変わった。参謀役のクラージュはソレイユと共にゾフィーと積極的に議論を交わしたし、傭兵として多くの戦場を知るファルコは、主に切り込み隊長のイルケと過去に経験した戦場について語り合い、狩人の家系であるウーは、手先の器用なオスカーとトラップ等に関する話題で盛り上がっていた。リスも他方から魔術師視点の意見を求められて終始忙しそうだったが、場違いであることを自覚しているニュクスと、普段から口数少ないベルンハルトは、求められた場合を除けば積極的に口を開くことはなかった。


『意見交換も大事だが、私はやはり武技で語り合う方が好ましい』


 意見交換終了後。突然ベルンハルトによって、交流という名目での模擬戦が提案された。

 ゾフィーは「突然失礼でしょう」と言ってベルンハルトのつま先を踏みつけていたが、面白い話しと思ったのか、提案自体は肯定してくれた。もちろん、ソレイユ側さえ良ければという話ではあるが。

 かの黒騎士の剣技を間近で拝める機会は貴重だ。ソレイユも快く承諾し、模擬戦の実施が決定した。

 ただし、お互いにこの後も予定が控えているので、模擬戦は一試合のみ。武器は刃の無い練習用の物を使用。各陣営から代表者を一名選び、一対一の形式で執り行われることとなった。

 ゾフィー陣営からは発案者でもあるベルンハルトが選出。ただし、彼が普段愛用している身の丈程もある大剣を模した練習用武器などないので、一般的なブロードソードを模した練習用の長剣を今回は使用する。

 ソレイユ陣営からは率先して名乗りを上げたファルコが選出。昨日の因縁を経たからこそ、黒騎士の実力をこの身に体験したいと思ったからだ。模擬戦とはいえ勝負は勝負。もちろん勝つつもりでやる。使用する練習用の槍は普段使っている物より軽く、リーチも短い。当然、普段通りの感覚では扱えない。

 感覚を確かめるように練習用の槍を回転させるファルコの姿を見て、ソレイユは少しだけ羨ましそうに目を細めた。一人の戦士として、ソレイユも黒騎士との手合わせには憧れがある。誰も名乗りを上げなければ自ら参じるつもりだったのだが、雇用以来初めてファルコが積極性を見せたので、今回は彼に譲ることにした。また、ファルコの戦闘能力の高さは今更語るまでもないが、竜撃時などは別行動を取っていたこともあり、ソレイユはファルコの本気をその目に焼き付ける機会に恵まれていなかった。模擬戦とはいえ相手はかの黒騎士。互いに譲らぬハイレベルな戦闘が繰り広げられることは想像に難くない。ファルコの本気を目にする良い機会だ。


「あの黒騎士が模擬戦だって?」

「相手はアルマの傭兵らしいが可哀そうに。瞬殺だろうな」

「せいぜい善戦してくれるといいが。せっかく黒騎士の実力を拝みに来たのに、一撃で終わったらつまらない」


 黒騎士の剣技が拝めるとあって、役職を問わず多くの王国騎士団関係者が修練場へと足を運び、ギャラリーを形成していた。

 帝国最強とうたわれる黒騎士と、傭兵国家アルマ出身とはいえ、個人としては無名のファルコ・ウラガ―ノ。勝負は始めから分かりきっている――ファルコが早々に敗北すると考えている者たちの心無い発言。勝負にならず、黒騎士の剣技をほとんど拝めずに終わるのではと、早くも不満顔の者さえいる。


「……同じアルカンシエル王国の騎士として恥ずかしい。前評判に囚われて、無名だからとファルコ殿を下に見るなど」


 最前列で発言を耳にしていたクラージュは、憂い顔で嘆息する。帝国最強と名高い男を贔屓目ひいきめに見てしまう気持ちは分からないでもないが、騎士としては前評判よりも、己の目で見たものこそを重要視するべきだ。少なくとも、普段とは違う槍の感触を確かめている際のファルコの動きには一切無駄がなく、並の戦士でないことは伝わってくるはずだ。

 もちろん、全ての騎士の目が節穴なわけではない。軽率な発言をしているのは若手の騎士や危険な任務に就く機会の少ない貴族の子息が中心。多くの戦場を知る中堅や著名な騎士たちは決してファルコを過小評価しておらず、面白い勝負になりそうだと、期待の眼差しで行く末を見守っている。


「結果はどうであれ、あいつを侮ってる奴は直ぐに反省することになるだろうさ」

「私も同意見だが、客人がそこまで誰かに肩入れするとは珍しいな」


 皮肉屋が珍しく、素直に誰かを擁護する発言をしている。珍しいこともあるものだなと、クラージュは感心していた。


「一度殺し合った仲だ。俺に殺されなかった奴が弱いはずがないだろう」

「なるほど」


 物騒だが、だからこそ説得力のあるニュクスの発言。それを受けて素直に納得してしまう程度には、ニュクスとクラージュの距離感も近しくなったものだ。

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