第21話 ゾフィー陣営

「それでは、次は我が方の紹介を」


 ソレイユ側の紹介が終わったことで、ゾフィー側へとターンが回る。


「すでに面識のある方もいらっしゃるようですが、私の右隣におります、強面の彼は副官のベルンハルト・ユングニッケルです。世間一般には黒騎士の異名で呼ばれております」

「ベルンハルト・ユングニッケルであります」

「黒騎士と名高きユングニッケルきょうとの対面、一人の戦士として感激しております。あなたの武勇は、このアルカンシエルの地にも広くとどろいていますから」

「私などまだまだでございます。あなたの御父君、剣聖けんせいフォルス・ルミエール卿の剣技には遠く及びませぬ」


 問題児が他国の人間相手にお世辞を言えるはずもない。剣聖フォルス・ルミエールを称える気持ちは、ベルンハルトの紛れもない本心であった。

 最強の剣士として大陸中にその名を馳せた剣聖フォルス・ルミエール卿。時代も違うので想像することしか出来ないが、例えば全盛期のフォルス・ルミエールと相対したとして一本取ることが出来るかどうか、黒騎士ベルンハルトでさえも自信は持てない。現代の帝国最強の騎士にそう思わせる程に、剣聖の名と実績には重みがある。年齢を重ねたとはいえ、病さえなければ今でもその剣才を振るっていただろうに。運命というのは皮肉なものだ。


「ご息女であるソレイユ様の噂も耳にしています。伝え聞くあなたの戦いぶりは確かに剣聖の、ルミエールの血筋を感じるものです。他国の騎士が不躾ぶしつけなのは百も承知ですが、ソレイユ様のご活躍に大いに期待しております」

「ユングニッケル卿から激励げきれいのお言葉、身の引き締まる思いです。ご期待に添えるよう努力いたします」

「ごめんなさいねソレイユさん。うちの副官は偉そうに」

「うぐっ」


 机の下でゾフィーがベルンハルトのつま先を踏みつけたようで、黒騎士から頓狂とんきょうな悲鳴が上がった。ソレイユやクラージュは呆気に取られて目を見開いており、一番端のニュクスは思わず笑いを堪えていた。


「あ、あのう。私はまったく気にしていないので、ユングニッケル卿をあまり叱らないであげてください」

「ソレイユさんはお優しいわね」


 ベルンハルトのつま先からゾフィーの足がどけられ、ベルンハルトは安堵したようにほっと一息ついている。二人の間に過去に何があったのかは分からないが、黒騎士を軽くあしらうゾフィーの姿はコミカルな一方で、底知れぬ恐ろしさのようなものも感じさせる。


「私の左隣におりますのが、アイゼン・リッターオルデンが誇る剛腕の切り込み隊長。イルケ・フォン・ケーニヒスベルク。女性ですがその勇猛果敢さは男性騎士をも上回ります」

「よろしくお願いします!」


 紹介に預かり、はつらつとした様子でイルケ・フォン・ケーニヒスベルクが頭を下げた。

 イルケは現在20歳。赤毛のショートヘアーと丸い瞳が印象的な可愛らしい女性だが、可憐な外見に反してかなりの怪力の持ち主であり、戦場では無骨なウォーハンマーを豪快に振るって敵を蹴散らす。防具は黒い半袖のインナーの上に、軽量の黒い鎧を身に着けており、防御よりも機動性を重視した装備となっている。

 ベルンハルトの影に隠れがちだが彼女も相当な実力者であり、アイゼン・リッターオルデンを代表する戦力の1人だ。


「ベルンハルトの隣におりますのが、オスカー・ヒッツフェルト。騎士団一の俊足の持ち主です。戦闘能力の高さはもちろんのこと、とても器用で斥候せっこうから罠の解除までこなす万能の人材です」

「オスカーです。どうぞよろしく」


 人当りの良さそうな優しい声色でオスカーは微笑む。先の二人に比べると社交的でとても好印象だ。

 オスカーは現在25歳。長めの茶髪が印象的で、普段はそれを黒い色のバンダナでまとめている。今は会合の場なので失礼のないようにとバンダナは外し、右腕に巻き付けていた。

 元密偵という異色の経歴を持つ騎士で、手先の器用さや斥候としての能力に優れるのもそのため。そんな経歴故か、他の騎士とは異なり基本的に鎧は身に着けず、動きやすい軽装で戦場を駈けることが多い。所属故、衣服はもちろん黒を基調としている。


「全員を連れてくるわけにはいかないので本日は私を含め4名となりましたが、アイゼン・リッターオルデンには他にも30名の騎士が所属しております。彼らの紹介はいずれまた」


 同じ連合軍に所属する以上、作戦会議等でいずれ他の騎士とも面識は生まれる。その気はなくても大所帯ではどうしても威圧的になってしまうし、今回は団長と中心人物3名という人選となった。


「紹介も終わったところで、本題へと入りますね」


 そう言ってゾフィーは正面に座るソレイユの瞳を真っ直ぐと見据えた。圧はない。笑顔といい声色といい、ゾフィーは世間話でもしているかのように穏やかだ。


「ヴェール平原での戦闘や先の竜撃について、ソレイユさんのしたためた書簡に目を通させていただきました。要点を抑えつつ、当時の状況がしっかりと伝える素晴らしい報告書に仕上がっていましたが、どうしてもそれだけでは足りません。最も重要なのは、その戦場を体験した戦士が語るありのままの言葉です。決して簡潔である必要はありません。私見や感情論も大いに結構です。あなた方が戦場で体験した出来事を、あなた方の言葉でお聞かせください。もちろん、ソレイユさん以外の方々も遠慮なくご発言を。立場や国の違いに対する配慮などこの場では不要です。どうぞ気軽にお話しください」

「ゾフィーさんもこう言って下さっています。遠慮は失礼というものです。皆、自分なりの言葉で先の戦闘について、お話ししてあげて」


 臣下の三人は頷きと共に表情を軟化させた。性格柄、クラージュなどは丁寧語を崩さないだろうが、参謀役でもある以上、語りたい話は多いだろう。


「それではまず、代表者として私が先陣を切りましょう。少々長いお話となると思いますが」

「是非ともお聞かせください」


 ゾフィーに快く促され、ソレイユは持ち前の美声で語り始めた。

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