第18話 暗殺会議

 夜の闇が支配する王都郊外の廃屋の中に、数名の人影があった。

 その場を取り仕切っているのは、目元まで覆う茶髪とキャスケットが印象的な青年――アントレーネだ。ヘンリーネックシャツに黒いサスペンダー、コーデュロイ素材の焦げ茶色のパンツに同色のワークブーツという、平凡な一般市民的な服装をしている。


「相手はいつも以上の大物だけど、皆、覚悟はいいね?」


 好青年染みた爽やかな笑顔でアントレーネは同胞たちに問い掛ける。笑顔の質は、どことなくニュクスに似ている。


「いつも通り、黙々と殺すだけだ」


 崩れた屋根から覗く夜空を見上げながら、黒髪短髪と糸目が印象的な青年、ボルボロスが呟くようにそう答えた。黒い半袖のカットソーの上にポケットの多いハンティングベストを羽織り、ベージュのパンツと茶色のレースアップブーツという、実用性重視のファッションに身を包んでいる。


「僕は殺せれば何でもいいや」


 銀髪のショートヘアーとクリっとした大きな瞳が印象的な小柄な美少年――アクリダは、その美麗なルックスに不釣り合いな、大口開けた狂気的な笑みを浮かべている。今はアントレーネの言葉に耳を傾けつつも、拾った木片の先端で蟻を潰すことに夢中だ。服装は白いスタンドシャツにセットアップのネイビーのジレとショートパンツという、正統派美少年ルックだ。


「王族の暗殺なんて興奮しちゃう」


 発情するかのように頬を赤らめている女性はピトレス。右目は紅色のロングヘアーで隠れており、表情を半分しか読み取ることが出来ない。服装は刺繍ししゅうの施された白いブラウスにスリットの入った黒いロングスカートを合わせていた。


 灰汁あくの強い一団の正体は、アマルティア教団暗殺部隊に所属するアサシン達だ。

 クルヴィ司祭の命を受け、今回は王族の暗殺というかつてない大任を遣っている。暗殺の標的は、王位継承権を持つ王子たちだ。

 王族の周辺は近衛騎士を中心とした屈強な護衛に固められているのが一般的。アマルティア教団のアサシンといえども単騎での実行は難しく、此度の暗殺任務は、この場にいない者も含めてアサシン十数名、計三つの部隊を投入する大規模なものとなっていた。

 

 アントレーネを中心とした第一部隊が標的とするのは、アルカンシエル王国第三王子――シエル・リオン・アルカンシエル。現役の騎士であるシエル王子の戦闘能力は高く、側には近衛騎士――カプトヴィエルとコゼットの二人が常に控えている。

 暗殺の難易度が非常に高いが、任務を受けたアサシン達もまた強者揃い。中でも第一部隊をまとめるアントレーネの実力は頭一つ抜けており、ニュクス、エキドナの両エースが任務で不在の今、アントレーネは暗殺部隊の投じる最強戦力の一人だ。もう一人の最強戦力も今回の作戦に投入されているが、そちらは少々扱いずらい人材のため、現場の指揮はアントレーネに一任されていた。

 

「シエル王子は明日、知人との会食へ向かうとの情報を得ている。連日騎士団本部に詰めていたシエル王子が見せる数少ない隙だ。これ以上の好機はないだろうね」

「知人というのは何者だ?」


 問い掛けたのは慎重派のボルボロスだ。自己中心的な性格のアサシンが多い中、己の実力を過信しないボルボロスは共闘にも抵抗のないタイプ。事実上、アントレーネの副官のような立場となっていた。


「残念だがそこまでの情報は得られていない。警戒するに越したことはないけど、注意すべきはやはり、シエル王子と二人の近衛騎士だろう」


 冷静に状況を分析するアントレーネに対し、子憎たらしい笑みを浮かべたアクリダが挙手して物申す。


「王子も騎士も、全員殺せばいいだけでしょう? 簡単、簡単。何なら僕一人で殺してこようか?」

「口を慎めアクリダ。過剰な自信など、暗殺において何の役にも立たんぞ」

「臆病者は黙ってなよ。自分には自信が無いからって」

「何だと?」


 ボルボロスの眉間に皺がよる。慎重派であることと穏健であることは、必ずしもイコールではない。売られた喧嘩を買う程度には、ボルボロスも感情的だ。


「でかい図体のくせして、殺しにはちまちま時間をかけてさ。前からイライラしてたんだよね」

「そういうお前は何時だって殺しが大雑把すぎる。この間だって面倒だからと標的ごと一家皆殺し。証拠隠滅に放火という有様だ。お前は暗殺者ではなく、ただの殺戮者さつりくしゃだ」

ひがみかな? 殺した数じゃ僕にダブルスコアをつけられているものね」

「重要なのは質だ。何なら、どちらが強いか今この場で確かめてみるか?」

「いいね。珍しく意見が合った。もちろん勝敗は生死でいいんだよね?」


 40センチ近い身長差の二人が向かい合い、戦場と見紛う殺意が廃屋中に満ち溢れる。両者ともに腰に携帯した得物に手を掛けており、状況はまさに一触即発。

 そんな二人の姿を見て、ピトレスは近くに佇むアコニトという男性アサシンに対して、どっちが勝つか賭けようと愉快そうに持ち掛けており、まとめ役のアントレーネはどうやって二人をしずめようかと、目を細めて溜息を漏らしていた。

 アサシンなど使い捨ての道具のような存在。大した仲間意識も抱いていないが、重要な作戦の前に悪戯に戦力を失うことは避けたい。難しい標的を仕留める上で頭数は間違いなく必要だ。


「待て、二人と――」


 間に割って入ろうと、アントレーネが声を上げた瞬間、


「くだらない」


 感情的な少女の声が響いた瞬間、アクリダとボルボロス目掛けて二本のダガーナイフが飛来。アクリダの手元からチャクラムを、ボルボロスの手元からナイフを、それぞれ同時に弾き落とした。あまりの早業に、アサシン二人も唖然とした様子で、手放した得物を見下ろしていた。


「どっちが強いかなんて、そんなのどうでもいいから」


 ご機嫌斜めといった様子で、廃屋の暗がりから黒髪赤目の人形のような美少女――ロディアが姿を現した。別の任務を終えて急ぎ集合場所へとやってきた途端に遭遇したつまらないいざこざだ。イラつくのも無理はない。

 ロディアはこの日も、黒いノースリーブのブラウスに赤いリボンタイ、黒いフリルスカートに黒いニーハイ、黒いレースアップブーツという、大好きなあの人を意識した黒を基調としたファッションで身を固めていた。


「最強のアサシンはニュクスで、あなたたち二人はそれ以下。ただそれだけでしょう?」


 ロディアがアクリダとボルボロスの間に割って入ろうとすると、二人は無言でその場からけ、冷や汗交じりに落とした得物を拾い上げた。大柄なボルボロスはもちろん、好戦的で威勢のよかったアクリダさえも、一切の反論を漏らさない。

 

「止めてくれてありがとう。ロディア」


 外野のピトレスたちさえもバツの悪そうな表情を浮かべる中、アントレーネだけがフランクな笑顔でロディアを労った。最終的には実力行使で二人のいさかいを止めるつもりだったが、ロディアのおかげで余計な体力を使わずに済んだ。

 

「別に。くだらなすぎてイライラしただけ」

「ご機嫌斜めだね」

「……もうどれだけニュクスと会ってないと思ってるのよ」

「なるほど、さっきのは八つ当たりか」

五月蠅うるさい」


 つんけんした態度のように見えるが、ロディアが言葉を返してくれるだけでも凄いことだ。彼女と気さくに話せる人間は限られている。教団内ではクルヴィ司祭、アサシンのエキドナ、アントレーネ、そして暗殺部隊に所属する以前から付き合いであるニュクスくらいのものだ。


 クルヴィ司祭の切り札――「英雄殺し」のニュクス。

 ニュクスに引けを取らぬ実力を持つ「陽炎かげろう」のエキドナ。

 二人に次ぐ実力を持つ、「纏血てんけつ」のロディアと「死吸しすい」のアントレーネ。

 

 アマルティア教団暗殺部隊に所属する全てのアサシンが並の騎士や傭兵を上回る実力を持つ強者揃いだが、この四強の戦闘能力はまさに別次元だ。

 ニュクス、エキドナ、アントレーネの三人は戦闘時こそ怪物染みているが、平時の態度は比較的穏健だ。それに対しロディアは感情の起伏が激しく抑えが効かない部分があるので、怒らせてしまったら本気で首を刎ねられかねない。本心はどうあれ、アクリダとボルボロスが素直に身を引いたのは、そういった理由からだ。


「ロディアも到着したことだし、改めて作戦会議といこうじゃないか」


 ロディアの機嫌を損ねることを恐れ、軽口を叩く者はいなくなった。これでようやく会議らしい会議を始めることが出来る。


「先ずは会食が行われるビーンシュトック邸への侵入経路についてだけど――」


 廃屋の床にアントレーネが王都の地図を広げ、作戦に参加するアサシン達がいっせいにそれを覗き込んだが、ロディアだけは興味なさげに近くの木箱に腰掛け夜空を見上げていた。ロディアが聞いていない事はアントレーネも承知している。作戦については後でしっかり言い聞かせるつもりだ。勝手気ままな振る舞いも、強者だからこそ許される。


 ――何だか懐かしいな。


 ロディアの見上げる星空は、いつか見たそれと少しだけ似ていた。郊外の廃屋内故に、周辺に街灯が存在しないからだろうか。


 ――早くニュクスに会いたいな~。


 大好きな人の顔を思い浮かべながら、過去に思いを馳せるかのようにロディアは目を閉じた。

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