第17話 不穏な動き

「すみません。お買い物に付き合って頂いて」

「別にいいさ。暇だったし」


 時刻は午後四時を回った頃。王都中心部の繁華街の一角、書店など専門店が密集するエリアにリスとニュクスの姿があった。

 ビーンシュトック邸にて各自に個室があてがわれた後、まだ夕食時までは時間があるということで、夜までの自由行動が許されていた。ソレイユは屋敷に残り、リュリュと共に明日のシエル王子らとの会食の打ち合わせを。ウーとクラージュは以前王都に滞在していた時期に世話になった人達へ挨拶に。ファルコは王都に居を構える国内最大級の傭兵ギルドを興味本位で見物にと、行動は様々だ。

 ニュクスは特に予定は無かったのだが、買い物に出かけるリスの姿を見かけたので、暇つぶしを兼ねて同行することにした次第。荷物持ちくらいはしてやろうかという、ちょっとした親切心もある。せっかく街に繰り出すのだから、自身も画材屋を見てくるつもりだ。


「やはり王都の書店は品ぞろえが違いますね。思わずよだれが出てしまいます」

「錯乱してかぶりつくなよ」


 とある書店で、近視を加速させそうな至近距離でうっとりと本を見つめているリスの姿を見て、ニュクスは冗談めかして苦笑する。


「しませんよ。ニュクスは私を何だと思っているんですか」

「本の虫だろ」

「正解です」


 軽快に言葉を返しつつもリスは決して本から視線を外さない。新刊のコーナーの前で、目に見えてそわそわしている。


「どれを買っていくか悩みます。ミステリーも読みたいし、最近は悲恋ものにも興味があるし……うーん――」

「時間にはまだ余裕がある。じっくり悩め、若人わこうどよ」

「言うほど歳は変わりませんよ」

「そうだったな。俺は近くの画材屋を見てくるから、何かあったら声をかけてくれ」

「こちらでも絵を描くんですね」

「自前の画材はオネットさんの宿に置いて来たからな。そうそう趣味にあてる時間は無いかもしれないが、一応必要な道具は手元に置いておきたい」


 前かがみになって背中を丸めた分、より華奢きゃしゃになったリスの背中にそう言い残し、ニュクスは書店を後にした。




「……先の竜撃りゅげきの件、クルヴィ司祭は何か申していたか?」


 ニュクスは画材屋には入らず、大通りから一本入った、人気のない裏路地へと足を運んでいた。この後画材屋にもちゃんと向かうつもりだが、先にアサシンとしての用事を済ませなくてはいけない。


「竜撃に関しては何も。そのまま任務を継続せよと、ただ一言だけ」


 不意に、薄暗い路地裏の影から監視役のカプノスが姿を現した。王都までの移動中は決まって誰かと一緒の状況が多く、カプノスと接触する機会を持てないでいた。直接言葉を交わすのは、ルミエール領でのこと以来となる。


「今回はいつぞやの神父とは格が違う。仮にも俺は教団の幹部を手にかけたわけだが、お咎め無しと考えてもいいんだな? まさか、お前が確認や報告をおこたったということもあるまい」

「先の竜撃の際も私はあなたの行動をつぶさに観察し、見聞きした全てをクルヴィ司祭へと報告しました。その上でクルヴィ司祭はあなたの行動に対して何もおっしゃいませんでした。ルミエール領でのアリスィダ神父の件同様、任務中に必要な行動だったとの判断なのだと思います」

「クルヴィ司祭が許しても、他の幹部はどうなんだ? 理由はどうあれ、作戦を同じ教団の人間に妨害された形。はらわた煮えくりかえってもおかしくないだろう」

「そもそもあなたが司祭に止めを刺した件に関して知る者は、私とクルヴィ司祭だけ。情報もクルヴィ司祭の位置で止まっています。キロシス司祭を打ち倒し、竜撃を終結へと導いたのはソレイユ・ルミエールだというのが正規部隊の認識です。これを受け、教団内ではソレイユ・ルミエールを危険視する声がより高まり、ソレイユ・ルミエール暗殺を目論むクルヴィ司祭は現在、教団内で大きな存在感を発揮しつつあります。また、正規部隊の作戦失敗を受け、その事後処理という形で暗殺部隊を投入。クルヴィ司祭は正規部隊に対して大きな貸しを作ることにもなりました。不確定な情報ではありますが、クルヴィ司祭とキロシス司祭はあまり仲がよろしくなかったという噂もありますしね」

「先の俺の行動は、図らずもクルヴィ司祭にとってプラスに働いたというわけか。まるでマッチポンプだな」


 人のことを言えた立場でもないが、己の利益のために同胞を排除することもいとわぬクルヴィ司祭の恐ろしさを、ニュクスは改めて実感していた。


「俺に咎めがない理由には一応、納得がいったよ。任務を継続する」

「はい。監視役として、あなたの活動を見守らせて頂きます」


 話は終わりと、ニュクスは一足先に路地裏を離れようとしたが、


「そうだニュクス、一つお耳に入れたいことが」

「何だ?」

「数日前より教団のアサシンが何名か王都入りしています。私も最近はニュクスの監視に専念しておりますので、他のアサシンの活動内容までは把握しておりませんが、一応報告までにと」

「まさか、お嬢さんの暗殺じゃないだろうな?」

「内容不明とはいえ、それだけは有り得ないと思います。ソレイユ・ルミエール暗殺任務に関してはニュクスが継続中。その状況下で新たなアサシンにソレイユ・ルミエール暗殺を命じることは自殺行為ですからね。あなたは獲物を横取りされることを絶対に許さない。それを誰よりも理解しているのはクルヴィ司祭でしょう?」

「分かっているよ。一応聞いてみただけだ。とにかく、俺以外にもアサシンが王都入りしている状況は承知した。情報提供に感謝する」


 路地裏の暗がりを抜け、日の差し込む大通りへと抜けたニュクスは、軽い足取りで画材屋へと向かった。


「何事も、起こらねばよいですが」


 不穏な言葉を残し、カプノスの姿は一瞬でその場から消失した。

 本人の意志はどうであれ、最近のニュクスは有事の中心に否応なく関わってしまっている。偶然といってしまえばそこまでだが、二度あることは三度あるともいう。あるいは今回も……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る