第15話 お世辞は今だに言えない

「古参の連中は伝統だの気品だのにうるさくてな。公の場ならばともかく、友人との再会の場でくらい好きにさせろというのだ。正直、あいつらのことは苦手だ」


 古参幹部たちを室内から排除したことで、シエル王子の態度が一気に軟化する。口調も崩れ、第一まで止めていたシャツのボタンを、暑苦しそうに第二ボタンまで一気に外した。

 応接室の壁はそれなりに厚いし、聞き耳を立てられないよう、扉の外は気を効かせたカプトヴィエルとコゼットの二人が待機してくれているはずだ。口調を崩しても問題はないだろう。


「王族である以上、ある程度はしかたありませんよ。あの方たちが苦手という点は、私も同感ですが」


 元来の真面目な性格から言葉遣いこそ大差ないが、緊張が解け、ソレイユの表情も幾分か晴れやかなものになっている。幼馴染同士、肩肘張らない再会を望んでいたのはソレイユもまた同じだ。


「カプトヴィエルから話は聞いている。うちの幹部が済まなかったな。臣下でないとはいえ、お前の連れを拒むなど。有意義な伝統ならばともかく、王族の威厳を示すためだけのかびくさい伝統を守ることに何の意味があるのか、俺にはまったく理解できん。連合軍の結成は間近だ。本来なら身分や立場など関係なく、志を同じくする戦士達で協力していくべき状況だろうに、ホストであるアルカンシエル王国騎士団がこんな様とは」

「シエルはやはりシエルですね」


 熱弁を振るうシエルの姿を見て、ソレイユは懐かしさと嬉しさを同時に感じていた。騎士団幹部という重役につき、雰囲気や面構えがずいぶんと大人びたが、それでも内に秘める熱い思いと優しさは、昔からよく知るシエルそのものだったから。


「生憎と今日はこの後も予定が控えていてな。あまり長くは話せないが、代わりに明日の夜に時間を作っておいた。食事でもしながら、久しぶりにゆっくりと語り合おうじゃないか」

「いいですね。私もあなたにお話ししたいことがたくさんあります。場所はどちらに?」

「お前たちに宿を提供してくれる、ビーンシュトック家の屋敷でと考えている。話はつけてあるから、詳細はご令嬢のリュリュさんに聞いておいてくれ。会食の席は彼女が取り仕切ってくれる」

「承知しましたが、リュリュさんは大丈夫なのでしょうか? 婚約者を亡くしてから、まだそう時間も経っていないでしょうに」

「何かをしている方が気が紛れるからと、本人からの希望でもある。下手に気を遣うより、彼女の意に沿ってやることもまた優しさだと思う」


 シエルの意見に同意を示し、ソレイユは無言で頷いた。

 熱血漢でありながらも人の心に寄りそう優しさを見せる。これもまたシエルの魅力といえるだろう。


「食事の席にはペルルと、弟のレーブも連れていきたいと考えているのだが、問題ないか? 一度レーブをお前にちゃんと紹介していたいと思っていたんだ」

「はい。ペルルと再会出来ることはとても嬉しいですし、私もレーブ王子ともちゃんと一度お会いしたいと考えていました」

「なら決まりだな。レーブは文武両道をモットーとする努力家でな。お前から戦いの話を聞くことをとても楽しみにしている。色々と話を聞かせてやってほしい」

「もちろんです。私に出来る限りのことはさせていたきます」

「今日は会えなかったが、他の二人の仲間とやらも紹介してくれよ。臣下の三人とは何度か面識があるが新顔二人とは初対面だ。お前程の武人が新たに戦力に加えたのがどのような人間なのか、とても興味がある」

「とてもユニークな二人です。そしてとても強い二人」

「今からとても楽しみだよ。これから共に戦場を懸ける同士でもあるからな」


 懐の懐中時計を気にしつつ、まだ時間に余裕がありそうだったので、もう一つ、シエルは気になっていたことをソレイユに尋ねることにした。


「ファルス先生のお加減はどうだ?」

「……大きな変化はありませんが、少々足取りが重くなってきている印象はありますね」

「……そうか。病さえなければ、今でもその剣才を如何なく振るっていただろうに」

「気迫は相変わらずですがね。父のことです、病になど負けず、きっと長生きしてくださいます」

「此度の動乱が落ち着いたら、久しぶりにルミエール領を訪問したいと考えている。対策会議の期間中は暇が無かったが、久しぶりにファルス先生に剣術を見てもらいたいしな」

「弟弟子がどれだけ成長したか、私も楽しみですよ」

「そう待たずとも、お前には近い内に剣技を披露することになるださ。何なら会食の後に久しぶりに稽古でもするか?」

「望むところです。絶対に負けませんよ」


 童心に帰ったかのような弾けんばかりの笑顔で、二人はお互いの拳を合わせた。まるで、共にファルスから剣術を学んでいたあの頃に戻ったかのような心持だ。


「時間だな」


 シエルはおもむろに椅子から立ち上がった。名残惜しいが、そろそろ次の公務へ向かわねばならぬ時間帯だ。


「俺はそろそろ行くよ。詳しい話しはまた会食の席で」

「会えて良かったですシエル。今日だってお忙しかったでしょうに、お時間を作って頂きありがとうございました」

「気にするな。俺が会いたかったんだ」


 背中で語りつつ、ドアに手をかける。


「ソレイユ」

「はい?」

「お前、前よりも綺麗になったな」

「お世辞を言えるくらい、シエルも大人になったんですね」

「世辞は未だに言えぬ……本音だ」


 後半を、らしくない消え入るような呟きで発すると、シエルは応接室を後にした。

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