第13話 人外の域

「昼をまたぎそうだし、どこかに食べにいくかい?」

「賛成だ。やることが無い時は食うに限る」


 このまま二人で広場にいても退屈なだけだ。まずは腹ごしらえをしようと、二人は繁華街方面へと足を運ぶことにしたのだが……


「罪人が逃げたぞ! 早く捕らえろ!」


 大通りへと差し掛かったタイミングで突然、男の野太い怒号が飛んだ。それを受け、危機を察した人々が一斉に道の脇へとけていく。

 怒号を飛ばしたのは罪人を移送していた兵士たちであり、移送用の馬車から逃亡したスキンヘッドの大男を必死に追いかけていた。不具合があったのか罪人が器用だったのか、手枷てかせは完全に外れてしまっている。大男は5件の殺人を起こした重罪人で、裁判所に向かう最中の騒動であった。


「……昼食にしようと思ったらこれだよ」

「密偵の件はともかく、こればかりは見過ごせないよ。市民に被害が出る前に罪人を捕えないと」


 居合わせたファルコが普段使いの方の槍に手をかけた。正義感の強いファルコのこと、一般市民に危害が及ぶ可能性にある状況を看過することは出来ない。


「お前に任せるよ。二人がかりじゃ戦力過多だろ」


 見物人気分で、ニュクスは近くの建物の壁に背中を預けた。ファルコのような正義感は無いし、余計な体力は使いたくないというのが本音。もちろん、戦力過多なのも事実ではあるが。

 言われるまでもなくそのつもりだったのだろう。ファルコは瞬時に罪人目掛けて駈け出そうとしたが、


「……昼食時に迷惑な奴だ」


 ファルコよりも早く罪人と接触した者がいた。大通り沿いの食堂から現れた、日焼けした大柄な男性が、問答無用で罪人に強烈な右ストレートをお見舞いしたのである。罪人の体は軽々と吹き飛び、大通りの石畳の上へと落下した。

 男性はノーカラーの白シャツに黒いサスペンダー、黒いパンツという軽装で武器の類も装備していない。拳一つで自身よりも大柄な罪人に挑んでいた。


「野郎!」


 この場で捕まるわけにはいかないと、罪人はすぐさま体勢を立て直し、怒りに身を任せて男性へと掴みかかったが、


「があっ……いてええ――」


 男性は罪人の右腕を取り、即座にねじ上げてしまった。そのまま突き放すようにして、罪人を石畳の上に転がせる。


「……迷惑だと言っている」

「がはっ!――」


 止めに男性は罪人の頭を掴み上げ、強引に石畳へと叩き付ける。鈍い音と共にじんわりと血が広がり、罪人の威勢は止まった。加減はしていたようで、命まで奪っていないようだった。


 他国で、それも休暇中に無益な殺生をしない程度には、彼も立場をわきまえている。


「お手を煩わせてしまい、大変申し訳ありませんでした!」


 男性が何者なのか、兵士も瞬時に悟ったらしい。その表情は罪人を逃がしてしまった時以上に緊張しており、恐怖するかのように声も震えている。


「罪人くらい、ちゃんと繋いでおけ」


 短く不満も漏らす以外、叱責しっせきなどはせず、淡々と兵士に罪人の身柄を引き渡した。意識を失った罪人はこれまで以上に厳重に拘束され、再び移送用の馬車へと積み込まれた。


「ご協力を感謝します。ユングニッケルきょう

「さっさと行け」


 もう興味はないと言わんばかりに、ベルンハルト・ユングニッケルは移送用の馬車がその場を離れるまで、ずっと背を向けたままであった。


「そこの金髪の槍使い。お前もさっきの罪人に殴り掛かろうとしてたな」


 ベルンハルトの興味は、自分以外で唯一罪人に攻撃をしかけようとしていたファルコへと向いたらしい。無表情のまま、異様な威圧感をまとってファルコの下へと歩み寄って来た。


「出遅れてしまったけどね。あの大柄な罪人を拳だけでのしてしまうとは恐れ入るよ」

「うるさかったからな。お前に任せておいても良かったかもしれぬが」


 そう言って、ベルンハルトは布が巻かれたままのファルコの魔槍「テンペスタ」と、微笑みを浮かべるファルコとを交互に見比べた。武人故、平時とはいえ魔槍の放つ気配を感じ取ったのかもしれない。


「お前、そうとう強いな」

「そういう君こそ、本業は格闘家というわけではなさそうだ。体つきや手のタコを見るに、普段は大きな得物を振るっているんじゃないかい?」

「あの一瞬で手元まで見ていたのか。ますます面白い。名を聞かせてもらっても?」

「ファルコ・ウラガーノ。アルマ出身の傭兵だ。今は雇われの身だけどね」

「アルマの傭兵か。どうりで強者の気配を感じるわけだ」

「こちらは名乗ったんだ。君の名を聞いても?」

「失礼した。ベルンハルト・ユングニッケルだ」


 名を聞いた瞬間、ファルコの表情が一瞬、緊張の色に染まった。戦士であればその名を知らぬ者はいない。一目見た時からただ者でないことは分かっていたが、まさか、かの黒騎士であるとは想定外だった。


「驚きだよ、まさか黒騎士と出会えるとは」

「他人のつけた呼称に興味はないが、そう呼ばれているのは事実だ」

「君の所属するアイゼン・リッターオルデン(鉄騎士団)は、ゾフィー・シュバインシュタイガー団長と共に連合軍に参加していると聞いているけど」

「その通りだ。今日は休暇中だがな」

「ということは、僕達は同じ陣営で戦う仲間同士ということになるようだね」

「ほう?」

「今は雇われの身だと言ったけど、僕の雇い主はルミエール領のソレイユ・ルミエール様でね」

剣聖けんせいのご息女か。そういえば、今日王都に到着する予定だったか」

「今は騎士団本部にいるよ。僕達はわけ合って別行動中だけど」


 面倒なので理由までは話さない。ベルンハルトだって聞いていて楽しい話しではないだろう。


「傭兵と言ったが、お前は金銭だけで仕事を決めるようなタイプには見えない。ルミエール女史には、人を引きつける何かがあるようだな」

「正義を成そうとするお心。共に命をかけた信頼関係。語るとキリがないけど、僕は確かにあのお方に引かれているよ。傭兵である以上、金銭のやり取りは必須だけど、報酬なんて度返しに、純粋にこの力をお役立てしたいと、そう思っている」

「純粋に力を役立てたいと思える女傑じょけつか。ルミエール女史は、うちの団長と似ているのかもしれないな」


 ぶっきら棒な印象だったベルンハルトが、団長――ゾフィーの話題を出した瞬間だけははにかむような表情を見せた。帝国最強と名高い黒騎士も、私服姿も相まってこの時ばかりは年頃の青年のようであった。


「所用がある故これで失礼する。共に連合軍に参加する以上、そう遠くないうちに再会する機会もあるだろう」

「その時を楽しみにしているよ、ユングニッケル卿」

「堅苦しいのは好かん。ベルンハルトで構わん」


 そう言い残し、ファルコの横を通り抜けたベルンハルトであったが、その視線が壁際でやり取りを静観していたニュクスと一瞬合う。ニュクスがファルコの連れであることには、始めから気づいていた。


「名前は?」

「ニュクス」

「お前も相当な手練れだな。なかなか面白い気配をしている」

「それはどうも」

「また会おう。ファルコ・ウラガ―ノ、ニュクス」


 大きな背中で語りながら、ベルンハルトは活気を取り戻した大通りの雑踏ざっとうの中へと消えていった。


「まさか王都初日で、かの黒騎士と対面することになるとはね」

「帝国最強の騎士か。平時で控えめとはいえ、なかなかの威圧感だった」

「君が素直に相手を褒めるなんて珍しいね」

「率直な感想なんだから仕方がない。例えば、正面きって一対一で戦いを挑んだとして、勝利はおろか相打ちに持ち込めるかも怪しいところだ」

「暗殺者である君が、正面切っての一対一を想定するというのもおかしな話だね」

「純粋な力比べならって想像の話だよ。そういうそちらさんの自信の程は?」

「純粋な力比べなら、僕の方も自身は無いかな。なりふり構わずなら何とかといったところか」

「魔槍込みってことか?」


 ファルコは苦笑顔で無言で頷いた。


「なるほど、人の域は超えているか」


 ニュクスとファルコが初めて対面し、互いを敵だと勘違いして相対した際、ニュクスがファルコに背の二本目の槍(テンペスタ)を使わないのかと問うと、ファルコは「人間相手に使用する代物ではない」と答えを返した。

 想像の話とはいえ、ファルコに魔槍テンペスタの使用は免れないと言わせる程の猛者。黒騎士――ベルンハルト・ユングニッケルの戦闘能力は、人外の域に足を踏み入れているということだ。

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