第10話 星空の魔力

「眠れないのですか?」

「星を眺めるのが好きなだけだ。そういうお嬢さんの方こそ、明日も早いのに起きてていいのか?」


 王都に程近い宿場町――オテル中心部の宿屋の屋上に、ニュクスとソレイユの姿があった。床面に寝そべって星を眺めていたニュクスの隣へと、屋上へと上がって来たソレイユが静かに腰を下ろす。

 時刻は間もなく深夜零時を回ろうかというところ。二人以外はすでに部屋で休んでいる。


 グロワールの街を発ってから三日。最大都市である王都サントルへ近づくにつれ、野生の魔物の出現数は激減、アマルティア教団も活動も成を潜めていたため、一行は何の問題もなくこのオテルの町まで到着することが出来た。

 ここまで来れば王都まではもう目と鼻の先。何事もなければ明日中には王都へと到着出来ることだろう。


「寝つきは良い方ですし、朝にも強いので大丈夫ですよ。私もあなたみたいに、少し星を眺めたくなりまして」


 そう言ってソレイユはニュクスと肩を並べて横たわり、共に夜空を見上げることにした。天候にも恵まれ、満天の星が活き活きとした輝きを見せている。


「星が綺麗ですね。失礼ながら、ルミエール領で見上げる星空には負けますが」

「同感だな。星空が美しいことに変わりはないが、ここでは少々地上が明るすぎる」


 王都に近いオテルの町は規模こそ小さいが近代化が進んでおり、最先端の魔術式街灯によって夜間でもそれなりの光量が確保されている。そのおかげで夜間の治安も良好だし、深夜営業の食堂や酒場も賑わいを見せていた。

 治安、経済の両面から街灯の存在は有用だが、美しい自然の光景を鑑賞するにはややおもむきを欠く。見上げる星空の美しさでは、自然豊かのルミエールの地に軍配が上がるだろう。


「誰かと一緒に星空を見上げてると、少しだけ昔を思い出す」

「昔、ですか?」

「今のお嬢さんの位置、よく俺の隣で星空を見上げていた女の子がいたんだよ」

「どのような方だったのですか?」

「快活で優しくて、それでいて泣き虫で……俺を、俺の絵を始めて理解してくれた人だった」

「あなたにとって、とても大切な人なのですね」


 ニュクスの方は見ずに、ソレイユは夜空へ向けてそう発した。今のニュクスがどんな表情をしているのか、気にならないと言えば嘘になるが、無遠慮に覗き込むものではないだろう。


「ああ、とても大切な人だった……だからこそ俺は……」

「ニュクス?」


 名を呼ばれた瞬間、ニュクスは我に返ったかのように勢いよく上体を起こし、気持ちを入れ替えるかのように大きく深呼吸をした。


「悪い悪い、柄にもなく自分語りなんて。星空の魔力ってやつかね」


 そう言ってニュクスは軽薄な口調でおどけて見せた。切り替え上手には違いないが、場に不釣り合いな明るさなので、演技派かと言われると微妙なところだ。

 星空の魔力というのはもちろん比喩ひゆだが、ニュクスにとってはある意味真実でもあった。標的たるソレイユの前で過去と邂逅してしまう程に、今夜の星空はいつか見たそれとそっくりだったから。


「星空の魔力ですか、詩人ですね」

「意地悪を言ってくれる」


 確かに意地悪には違いないが、ソレイユはそれ以上は決して何も言わなかった。

 ソレイユとニュクスの関係はあくまでも対等。本人が話したがっているならばなともかく、不意に漏らしてしまった感情ならば、立ち入ったことを聞くのはルール違反というものだ。


 意地悪のお詫びのつもりだろうか? 自身も上体を起こし、ソレイユの方から新たな話題を切り出した。


「明日はいよいよ王都ですね。久しぶりに知人とも会えそうなので楽しみです」

「知人?」

「騎士王子と言えば、誰だかはお分かりですよね」

「アルカンシエル第三王子――シエル・リオン・アルカンシエルか。大物だな」

「シエル王子とは幼馴染なんです。彼は剣術を学ぶにあたって私の父に師事しており、妹のペルル王女と共に、昔からよくルミエール領を訪れていましたから。彼が王国騎士団の重役についたこともあって、最近はあまり会えていませんでしたが」

「そういえば、お嬢さんと王子さんは500年前の英雄の末裔同士ってことになるのか」

「そういうことになります。もっとも、今ほど大人でなかったこともあり、彼とはあまり自分達の先祖のお話しをしたことはありませんでしたが。彼が父に師事したのもアルジャンテの系譜けいふだからということではなく、剣聖けんせいフォルス・ルミエールの剣技に感銘を受けてのことでしたし」

「なるほどね」


 感慨深げにニュクスは頷きを返す。当人たちはあまり先祖について意識したことはなかったと語るが、周りの目には違った形に見えていたことだろう。

 客観的に見てソレイユとシエル王子の二人は、500年前の英雄の系譜の中で、最もその血を色濃く受け継ぐ二人に違いない。


 クルヴィ司祭が歴代のルミエールの系譜の中で最もアルジャンテの血を色濃く受け継いでいると評し、実の父親であるフォルス・ルミエール卿が歴代の系譜を越える資質を持っていると語った英雄の原石、ソレイユ・ルミエール。

 アルカンシエル初代国王アブニール。王子でありながら騎士として活躍するシエル王子の姿は、英雄騎士と呼ばれたアブニールに通ずるものがある。また、シエルという名は魔の軍勢によって滅ぼされたアブニールの故郷、シエル王国と同じ名だ。シエル王子の名前に込められた意味については公表されていないが、アブニールのルーツと同じ名を持つことはとても意味深だ。

 

 500年間続いた平和が脅かされ、邪神の復活が危惧されるこの時代。

 英雄の血を色濃く受け継ぐ二人がこの時代に生きることには、きっと大きな意味があるのだろう。


「そろそろ下りましょうか」

「そうだな」


 少しでも多く休息を取れるのならそれに越したことはない。

 星空の鑑賞会も程々に切り上げ、二人は宿の中へと戻ることにした。

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