第9話 黒騎士

ほまれ高きアイゼン・リッターオルデン及び、それを率いしシュバインシュタイガー殿との対面、感激にございます」


 王都サントルの北門にて、シュトゥルム帝国より到着した特使――ゾフィー・シュバインシュタイガーおよび、彼女の率いる「アイゼン・リッターオルデン(くろがね騎士団)」の騎士達を、アルカンシエル王国第三王子のシエルを始めとした騎士団幹部が出迎えていた。

 内心ではらしくないと自嘲じちょうしながらも流石は王族。普段の熱血漢な印象は成りを潜め、シエルは礼節を重んじる気品ある王族としての顔で事にのぞんでいる。


「アイゼン・リッターオルデン団長、ゾフィー・シュバインシュタイガーです。此度こたびはシュトゥルム帝国の特使として訪国いたしました。シエル王子直々のお出迎え、我らアイゼン・リッターオルデン一同、光栄の至りにございます」


 シュトゥルム帝国の特使、ゾフィー・シュバインシュタイガーがシエルへと深々と頭を垂れた。

 ゾフィー・シュバインシュタイガーは現在22歳。ハーフアップにまとめた薄青の長髪と色白な肌、意志の強さを感じる大きな緋色の瞳が印象的な長身の美女だ。自らが率いる騎士団の名前の由来ともいえる、黒く硬質な鎧がその可憐な印象を包み込み、勇ましき戦士としての印象を形成している。

 シュトゥルム帝国を代表する名門貴族シュバインシュタイガー家。帝室の傍系にあたり、政治的な影響力も強い。多くの有能な政治家や軍人を輩出した名家において、ゾフィーは帝国騎士初の女性団長だ。個人の力量もさることながら、指揮官としての技量に何より優れ、人を見極める生来の審美眼しんびがんも相まって、22歳の若さで、大陸中に名の知れたアイゼン・リッターオルデンをまとめ上げている。


「アルカンシエル王国第三王子シエル・リオン・アルカンシエルです。シュバインシュタイガー殿、どうぞよろしくお願いいたします」


 頭を上げるようにと促し、シエルがゾフィーへと右手を差し出した。ゾフィーがその手を快く取り、両者は国家の垣根を越えて固い握手を交わした。


「後ろに控える御仁ごじんはもしや?」

「シエル王子は騎士として戦場を駈ける武人でもあらせられる。やはり彼のことが気になりますか?」

「もちろんです。この大陸において、シュバルツリッター(黒騎士)の名に興味を示さぬ戦士などおりませぬ」

「ベルンハルト。ご挨拶を」


 ゾフィーに促され、黒い鎧に身を包んだ大柄な男性騎士が一歩を前へと踏み出した。

 黒騎士は、日焼けした肌と無造作に分けたセミロングの黒髪が印象的な青年だ。切れ長の目から覗く黒々とした瞳からは、感情を読み取ることが難しい。

 

「アイゼン・リッターオルデン副団長。ベルンハルト・ユングニッケルです」


 名前を述べただけの簡素な挨拶ではあったが、それを受けたシエルは確かな緊張感をその身に覚えていた。決して物言いが威圧的なわけではない。ベルンハルト・ユングニッケルという男は、その場にいるだけで圧倒的な存在感を発揮していた。


 ベルンハルト・ユングニッケル。21歳。

 血統を重視するシュトゥルム帝国軍において、平民の出でありながら剣才一つで現在の地位にまで上り詰めた異色の騎士で、帝国最強との呼び声高い。戦場では決まって黒色の鎧を着用しているため、黒騎士――シュバルツリッターの異名を取る。


 ベルンハルトの名を一躍有名にしたのは今から6年前。彼が15歳の志願兵だった頃の出来事。

 この年、シュトゥルム帝国北部に魔物が異常発生。20を超える村や町が壊滅的な被害を受け、5000人を超える死者を出す異常事態へと陥っていた。帝国は大規模な討伐軍を編成して鎮圧ちんあつへと臨むも戦いは長期化。

 そんな中、歴戦の戦士に混ざって鬼神の如き活躍を見せる一人の少年兵士の活躍が戦場へととどろく。志願兵として戦場へ赴いていた、ろくな戦闘訓練も受けていない平民出身の少年がなんと、戦場で拾った一本の大剣を担ぎ上げ、100を超える魔物の屍の山を築き上げたというのだ。

 誰もがその少年の存在を作り話か、極限状態で見た幻の類だと決めつけていたが、長期化した戦場故に、自らの目で少年の活躍を目にする者も日に日に増加し、誰もがその存在は現実のものだと理解するようになった。


 五カ月間に渡る帝国軍の奮戦により、異常発生した魔物は一匹残らず討伐。

 戦場で誰よりも多く魔物の首を刈り取ったのは、帝国軍所属の歴戦の猛者ではなく、当時15歳のベルンハルト少年であった。


『君は何故、志願兵となった?』


 討伐戦終了後。一人の著名な騎士がベルンハルト少年へとそう問い掛けたという。


 武勲ぶくんを立てることによる平民からの成り上がり。

 もっとシンプルに、活躍に応じた報奨金目当て。

 あるいは国の、国民の危機をどうにかしたいという純粋な正義感。


 一般的に、平民が志願兵となる理由はこんなところだが、ベルンハルト少年の場合は違った。


『地位や名誉に興味はない。戦場で剣を振るい続けることこそが最上の喜び』


 この時ベルンハルト少年が浮かべていた笑みは、歴戦の騎士に身震いを覚えさせる程の威圧感を持っていたとされる。その目は狂人の類ではなく、本能に生きる獣のようであったとも。


 いかに帝国軍が血統社会であろうとも、平民とはいえ若干15歳であれだけの戦果を挙げた逸材を放ってはおかない。討伐戦終了と同時に帝国軍は好待遇でベルンハルトを迎え入れることを決定。地位や名誉に興味はないと公言していたベルンハルトであったが、意外にもあっさりとこれを承諾する。北部の魔物の異常発生は沈静化したが、以前として大陸全土で魔物は頻出しており軍が出撃する機会は多い。それに加えて当時のシュトゥルム帝国は隣国アルカンシエル王国との関係性が近年で最も悪化しており、戦闘に発展する可能性も少なからず存在。戦渦の気配が漂うこの時代、軍属となることはベルンハルトの語る「戦場で剣を振るい続ける」という目的とも一致していた。なお、地位や名誉に興味は無いという発言は真実であり、今の地位はあくまでも一心不乱に戦場で剣を振るい続けた結果辿り着いたもの。武具の手入れ等以外に金銭を使っている様子もなく、これまでの活躍で得てきた多額の報酬は、使用されないまま溜まり続けているという。


 だが、いくら戦闘能力が並外れていようとも、戦場で剣を振るい続けることに執心するその姿は騎士社会の中では異端だ。戦場では独断で動き回ることも多く、犯した命令違反も数知れず。下手に刺激するのを恐れ、それを御しきろうという気概を持った指揮官もいない。故にベルンハルト・ユングニッケルという男は、帝国最強という誉れを持つ一方で扱いづらい問題児でもあるという、相反する評価を持ち合わせていった。


 だがそんな問題児にも、一年前に転機が訪れた。

 戦場で剣を振るうことだけに執心していた彼がある人物に対して、初めて騎士としての忠誠を誓ったのだ。

 ベルンハルトが忠誠を誓ったのは現在の上官であるアイゼン・リッターオルデン団長――ゾフィー・シュバインシュタイガー。

 ゾフィーがどのようにしてベルンハルトを御しきることに成功したのか、様々な憶測が飛び交っているが詳細は不明。真相は当人たちのみが知るところだ。


 帝国最強の騎士ベルンハルト・ユングニッケルはもちろんのこと、彼を御すことに成功したゾフィー・シュバインシュタイガもまた、ある意味で怪物の一人といえるだろう。




「シエル王子の前だというのに、我が方の副官は不愛想で申し訳ありません。後できつく言いつけておきますので」

「い、いえ、そのようなことは」


 軽いノリでベルンハルトの頭をペシぺシ叩くゾフィーの姿を見て、シエルの方が面食らってしまった。確かにゾフィーはベルンハルトの上官であり、個人としても高貴な身分だが、帝国最強の騎士がうら若き乙女に成されるままになっている姿は、他国の人間から見たらとても衝撃的だ。


「立ち話もなんですので、早速王城へとご案内いたします」

「国王陛下への謁見えっけんは叶いますか?」

「大変申し訳ありませんが、陛下は体調を崩しておりまして。確実に面会出来るかは約束出来かねます。此度の特使へのご対応は、私や上の兄二人が中心となって行っていくことになるかと思います」

「そういうことでしたら仕方がありませんね。こちらはとしては問題ありません」

「ご理解に感謝いたします。それでは参りましょうか」


 そう言ってシエル王子はゾフィーの色白な手を優しく取り、紳士的にエスコートを開始した。



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