第8話 いざ王都へ

「俺に何か用か?」


 リスの側を離れたニュクスは、先程からこちらの様子を伺っているようだった、衛兵のマクシミリアン・コンパネーズへと声をかけた。オッフェンバック邸の人間やジルベール傭兵団のメンバーへと遠慮したのか、マクシミリアンは声をかけるタイミングを計りかねていた印象だ。


「街を発たれる前に、あなたに一つ、お尋ねしたいことがありまして」

「俺に?」

「噴水広場で住民の避難誘導にあたる傍ら、遠目にではありますがあなたの戦いぶりを視界へと捉えていました。私と歳の頃も、背格好も大差ないあなたが、翼竜の脅威へと迷いなく立ち向かい、それを易々と切り伏せてみせた……どうすればあなたのように強くなれるでしょうか? 此度の竜撃を体験し、私は改めて自分の無力さを思い知りました。私は強い人間になりたい」


 体を震わせ、マクシミリアンは感情的に捲し立てる。

 初めて体験した街の危機に対して、若き兵士には思うところがあったのだろう。

 マクシミリアンら衛兵隊は住民の避難誘導という重要な役目を果たした。被害を最小限に抑えることが出来たのは彼らの働きも大きい。

 しかし、生真面目かつ正義感の強い性格故に、マクシミリアンは自分自身を納得させることが出来ないでいた。もっと自分に力があれば、救えた命もあったのではないか? 救えなかった命を間近で見たこともあり、どうしたって自分の無力さを呪いたくなる。


「大通りでの決戦中にも、最後まで前線で住民の避難誘導にあたっていたと聞いている。街始まって以来の大事に背を向けることなく、最後まで己の仕事を全うした。それで十分じゃないか」

「それは結果論です。あの日、私の体は恐怖に震えていました。傭兵さんに救われましたが、死を覚悟して自分の命を諦めた瞬間だってあった……私は弱い人間です……」


 沈痛な面持ちで目を伏せたマクシミリアンの姿を見て、その生真面目さにニュクスは苦笑した。決して馬鹿にしているわけではない。カキの村のヤスミンもそうであったが、こういう真っ直ぐな人間は嫌いではない。


「どうすれば俺のように強くなれるのかと聞いたな?」

「はい」

「生憎と俺は人様に何かを享受きょうじゅ出来るような高尚こうしょうな人間じゃない。ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、抱いた恐怖を否定するな。恐怖を抱くことを恐れるべきじゃない」

「恐怖を抱くことを恐れない、ですか?」

「恐怖というのは防衛本能だ。決して不要なものじゃない。恐怖を感じない人間はとがっているかもしれないが、同時にとてももろくなる。あくまでも私見だし、どちらが良い悪いという話でもないが、少なくとも恐怖を感じることがイコール弱さとは限らないと俺は思う」

「恐怖が弱さとは限らないですか、今まで考えたこともありませんでした」

「重ねて言うがこれがあくまでも私見だ。強さの定義なんて人それぞれ、何を求めるのか、それを決めるのはあんた自身だ」

「あなたも、戦いに恐怖を感じているのですか?」

「ご想像にお任せするよ」


 別れの挨拶のつもりでマクシミリアンの肩に軽く触れると、ニュクスは回答をにごしたまま背を向けてしまった。

 恐怖を感じることは弱さではないと語ったが、ニュクス自身は戦いに恐怖は感じてはいない。暗殺者として各国の英雄達を殺して回る日々の中で、そんな感覚はすでにどこかへ置いてきてしまった。ニュクス自身は、彼の言うところの「尖っているが脆い」人間だ。暗殺者という仕事も相まって、決して長生きは出来ないだろうと達観している。

 マクシミリアンに対する助言は教師としてではなく、反面教師としての立場から与えたものだった。




「王都へ到着後は、ソレイユ様もいよいよ連合軍へと合流か。より一層、アマルティア教団との戦いは激化するな」

「私は騎士として、ソレイユ様のお力になるのみです。心から尊敬する主君と共に戦場を駈ける。これほど名誉なことはありません」


 神妙な面持ちで会話を交わしていたのは傭兵団団長のジルベール・クライトマンとソレイユの参謀役でもある騎士――クラージュ・アルミュールだ。

 此度の竜撃において二人は肩を並べて戦うことこそなかったが、クラージュもソレイユと共に、カキの村で行われたヴェール平原の事件の犠牲者を悼む葬儀の場へと参列しており、ジルベールとも面識があった。竜撃終結後には対面を果たし、まとめ役同士、戦術や情勢などについて語り合い、交流を深めていた。


「ソレイユ様は良き臣下に恵まれているな。クラージュ殿はもちろんのこと、ウー殿やリス殿。臣下とは違うが、ククリナイフ使いの彼や傭兵のウラガ―ノ。素晴らしい人材ばかりが揃っている。決して立場だけでは人はついてはこない。これもまた、ソレイユ様のお人柄の成せることなのだろうな」

「あのお方は将来、名君へなられると確信しています。その成長をお側で見守ることが出来る。そのことが私は嬉しいです」

「名君か。確かにソレイユ様にはその器を感じるよ。次世代の未来は明るいな」


 同意を示してジルベールが深々と頷いた。


「まだやるべきことがある故、我らジルベール傭兵団は当分の間はグロワールへ留まるが、戦力が必要な時は何時でも連絡をくれ。ソレイユ様にもお伝えしたが、我らジルベール傭兵団はソレイユ様への助力を惜しまない」

「心強いよジルベール殿。いつか共に戦える日を楽しみにしている」

「貴殿らの進む道に、幸あらんことを」


 ジルベールとクラージュは、力強く握手を交わした。




「皆、準備はよろしいですね」


 ソレイユを筆頭に全員が騎馬へと騎乗し、いよいよグロワールの街を発つ瞬間がやってきた。ソレイユ、クラージュ、ウーの三人はルミエール領から共にやってきた愛馬へとそれぞれ騎乗。ニュクスとウーは今回も相乗りで、黒馬の手綱を握るニュクスの腰にリスが手が回している。新たな仲間であるファルコにはオッフェンバック卿から提供された駿馬しゅんめが宛がわれ、慣れた様子で馬を扱っている。


「それでは参りましょう。いざ、王都へ」


 ソレイユを先頭にグロワールの南門を潜り抜け、一行は王都へ向けて馬を走らせた。




 かくして戦士達はグロワールの地より旅立った。

 目指すは本来の目的地であった王都サントル。到着は4日後を想定している。


 竜撃以降、アマルティア教団に目立った活動は見られていないが、新たに判明した遠隔召喚の魔術や教団に協力する一般市民の存在等、不安要素は多い。いつどこで何が起こっても迅速に事態に対処出来るように、王都を始めとして各地ではより厳重な警戒体制が敷かれている。

 

 一週間後には対アマルティア教団を目的とした連合軍が正式に発足。

 傍若ぼうじゃく無人ぶじんな振る舞いを見せるアマルティア教団に対していよいよ攻勢へ転じる時がやってくるのだ。


 連合軍発足に先駆け、王都は大いに活気づいていた。


 しかし、危機とは物音を立てて近づいてくるとは限らない。

 時に危機とは、地を這う毒虫の如く、静かに近づいてくることもあるのだから。


 王都に渦巻く悪意の螺旋らせん

 その中心へと、ソレイユ達は近づきつつあった。

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