第6話 長姉と末弟
「シエル兄さま!」
「おお、元気がいいな。レーブ」
フィエルテの執務室を後にしたシエルが王城のエントランスまで降りてくると、突然正面から一人の少年が元気よく抱き付いてきた。フィエルテの執務室を出た直後で眉間に
少年の名はレーブ・ジェモー・アルカンシエル。10歳。アルカンシエル王国第四王子で兄弟の末弟にあたる。
まだ幼いが王族としての自覚はしっかりと備わっており、立派な王子となるべく政治の勉強や剣術の稽古を欠かさぬ頑張り屋。文武両道を地でいく優秀さとより高みを目指さんとする向上心の強さから、国の未来を担う者として将来を大きく期待されている。
やや癖のついた金髪、長い
「勉強終わりか?」
「はい。今日はクリス姉さまが直々に勉強を見てくださいました。国家の歴史について、とても興味深いことを学ぶことが出来ました」
「レーブは勉強熱心だな。お前ならきっと、フィエルテ兄さんを越える秀才を目指せるぞ」
「勉学だけではいざという時に大切な物を守れません。もっと武術も磨かなければいけないと僕は考えています。今はお忙しいと思いますが、状況が落ち着いたらまた以前のように剣術の稽古をつけてくださいますか?」
「もちろんだ。すまないな、最近は騎士団の仕事が忙しくて、あまり稽古をつけてやれなかった」
「大切なお仕事ですから仕方がありません。僕は騎士として国へ尽くすシエル兄さまのことが大好きです」
「ありがとうレーブ。そう言ってもらえると俺も嬉しいよ」
「こらレーブ。シエルはまだ職務中なのですから、長く引き留めてはいけませんよ」
遅れて奥から姿を現したのは、アルカンシエル王国第一王女――クリスタル・ポワソン・アルカンシエルだ。クリスタルは現在26歳。兄弟の中では長兄に次ぐ第二子にあたる。
ウェーブがかった美しい金色の髪に強い意志と気品とを両立させた碧色の瞳。陶器のように曇り一つない美しい色白の肌。世辞を抜きに芸術作品を擬人化させたかのような、美しき乙女がそこにはいた。
クリスタル王女は10年前に王妃が亡くなって以降、女性王族の代表として外交等に赴く機会が多い。彼女の容姿や品格は他国の王族の間でもとても評判がよく、現状、表だった
兄弟の中では母親である王妃の面影を最も残しており、生き写しとも評される。そんな王妃譲りの容姿と、慎ましく、気品あふれるその立ち振る舞いから国民からの人気も非常に強い。長姉に相応しい美しい存在感だ。
母親の顔を知らぬレーブにとっては母親にも等しき存在だ。クリスタル自身もレーブをとてもかわいがっており、公務の合間を縫ってはレーブと共に時間を過ごしている。
「いいんだ姉さん。用事は済んだし、少しくらい余裕がある。こうしてレーブと触れあっている時間は俺自身も楽しいしな」
微笑みを浮かべながら、シエルは抱きかかえたレーブの体を優しく下ろしてやった。
「何かあったの?」
「フィエルテ兄さんに呼び出されていてな。未だにあの人の前だと緊張してしまう。ドゥマン兄さんや姉さんの前では、そういうことはないのだけども」
「あの子は頭はいいけれど、家族に対しては途端に不器用になってしまうから。あまり嫌いにならないであげてね。あれであなたのこと、けっこう評価しているのよ」
「フィエルテ兄さんが俺を?」
「今でこそ政治一筋だけど、フィエルテも昔は騎士を目指していたのよ。自分の剣で国を護るんだって」
「……初耳だ。あのフィエルテ兄さんが?」
「必死に努力を重ねて来たけど、
「……知らなかったよ。フィエルテ兄さんにそんな過去があったなんて」
「だけど、誰よりも騎士としてのあなたを応援しているのもまた、フィエルテなのよ。王族としての品格には問題があるが、騎士としてのシエルは本当によくやってくれていると。時折私や兄さまに漏らすことがあるの。シャイだから、絶対にあなたに面と向かって言うことはないだろうけど」
「あまり想像がつかないな」
「羨ましさとは、きっと憧れでもあるのよ。自らが志した騎士としての道を体現していく弟の存在が本音ではとても嬉しいの。厳しい物言いには、きっと
「姉さんが言うと説得力が違うな」
「長姉ですからね。弟たちのことくらい、よく分かっているわよ」
クリスタルが誇らしげに胸を張る。優しく力強い姉を見ていると、幼い頃に喪った母の面影が重なるようだった。
「これまでの確執もあるから、直ぐに仲良しとはいかないけど、少しだけフィエルテ兄さんに対する見方が変わった気がするよ」
憑き物がおちたような晴れやかな笑みを見せると、シエルは隣でしゃがみ込んでいたレーブの頭を優しく撫でた。
「フィエルテ兄さまのお話し、初めて聞きました」
「俺もだよ。理解するつもりがないのは、確かに俺の方だった」
「理解、ですか?」
「すまん。こっちの話だ」
苦笑顔で頬を掻く。
「そういえばレーブ。お前はルミエール領のソレイユを知っているか?」
「フォルス・ルミエール卿のお嬢様でしたよね。連合軍へ参加されると聞いていますが」
「俺やペルルはあいつとは幼馴染でな。ソレイユがこちらに到着したら会食の場でも設けよう考えているのだが、お前も来るか? 一度ソレイユにお前を紹介したかったし、ルミエール領内での動乱と先日の竜撃。ソレイユは直近、二度の戦いを潜り抜けている。武術を学ぶ上では欠かせない、貴重な現場の話も聞けるかもしれないぞ」
「是非とも同席させてください! とても興味があります!」
目をキラキラさせてレーブは前のめりにそう主張した。向上心溢れる弟に若干気圧されつつ、その成長をシエルは兄としてとても嬉しく感じていた。
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