第5話 次兄

「……フィエルテ兄さん。俺だ」

「呼びつけて済まない。入ってくれ」


 王都サントル――イストワール城内。

 シエル・リオン・アルカンシエルは、次兄フィエルテ・トロ―・アルカンシエル専用の執務室を、緊張した面持ちで訪れていた。


 アルカンシエル王国第二王子――フィエルテ・トロ―・アルカンシエル。23歳。

 頭脳明晰かつ勤勉家で、一人の政治家として政治手腕にも優れた俊傑しゅんけつ。己にも他人にも厳しく、それ故に周囲からキツイ印象を持たれがちな人物だ。怖いイメージばかりが先行して国民からの支持は低いが、能力はもちろんこと、重要な局面で非情になりきれる性格も含め政治家としては理想的で、王侯貴族や友好国からの支持は高いという、両極端な評価を得ているのも特徴だ。

 美形ぞろいと評判の王族の例に漏れず、フィエルテ王子も容姿に優れる。金髪をオールバックにまとめ、切れ長な目と右目に着用したモノクルがとても知的な印象だ。長身も手伝って、紳士的かつインテリジェンスな魅力に溢れている。噂によると、貴婦人方の間では、王族の男性の中で最も人気が高いとも。

 

 温和な長兄とは異なりフィエルテは気難しい性格だ。熱血漢なシエルとは昔からそりが合わず、幼少期から何度も衝突を繰り返して来た。お互いに人間的に成長し、国の重役に就くようになったことで感情的に衝突することこそ無くなったが、やはり根っこはそう簡単に変わるものではなく、実の兄弟でありながらお互いに苦手意識を持ち、距離感が掴みにくい状態が続いている。


「対アマルティア教団を目的とした連合軍の結成にあたり、我がアルカンシエル王国に、シュトゥルム帝国側から特使が派遣されることは聞いているな?」

「もちろんだ。近日中には到着予定だと聞いているが」

「その特使への対応だが、お前にも参加してもらうぞ」

「俺に何が出来ると? 連合軍絡みとはいえ、政治的な話ならば宰相さいしょうやフィエルテ兄さんが中心となって進めればよいだろうに」


 自身に政治的能力が備わっていないことはシエル自身が一番よく分かっている。もちろん、聡明な次兄がそのことを知らないはずもない。


「先方から特使について情報が届いた。特使は今後の国家間の連携についての話し合いに加え、自身も直接連合軍へ参加し、前線へ赴くことも厭わぬ所存とのことだ」

「特使が連合軍に参加って、一体誰がこっちにやってくるっていうんだ?」


 まさか上流階級の戯れということはあるまい。特使という重要な役割を任される政治的立場にあり、同時に連合軍への参加を表明するだけの戦闘能力を持つ人物。

 武闘派軍人が多いとされるシュトゥルム帝国とはいえ、それらの条件を満たす人間となれば自ずと候補は限られてくる。


「特使として遣わされるのは、ゾフィー・シュバインシュタイガー及び、彼女が率いるアイゼン・リッターオルデン(くろがね騎士団)本隊とのことだ。百戦錬磨の騎士団を率いる女傑にして、シュバインシュタイガー家といえば帝室の傍系にあたる。軍事的にも政治的にも、存在感は抜群だ」

「ゾフィー・シュバインシュタイガーか。大物だな」

「政治的な問題は私が引き受ける。お前には騎士団の幹部として、ゾフィー氏に対応してもらいたい。王族でもあり、著名な騎士でもあるお前ならば、連合軍との橋渡し役に適任だ」

「そういうことならば謹んでお引き受けする。アルカンシエルの王族として、一人の騎士として、恥ずかしくないよう努めるよ」


 苦笑顔で頷いた直後、シエルの表情は途端に神妙なものへと変わった。


「兄さん。アイゼン・リッターオルデンが同行するということは、あの男も?」

「当然そうなるだろう。ゾフィー氏あるところにあの男ありだからな」

「……シュバルツリッター(黒騎士)、ベルンハルト・ユングニッケルか」

「帝国を代表する英傑を連合軍へと合流させるのだ。此度の対アマルティア教団に対して帝国側も本気ということなのだろう。無論、単なる善意だけとは思えないがな」

「というと?」

「共通の脅威が現れたとはいえ、アルカンシエル王国とシュトゥルム帝国には長年の確執がある。恐らくは此度の動乱が終結した後のことも見越しているのだろう。共同戦線の場で自国の武を誇示することは我々に対する牽制となるし、アマルティア教団との対決において帝国が活躍すれば、今後の大陸内での影響力、勢力図にも変化が訪れる可能性もあるからな」

「大陸の危機さえも、戦力を誇示するための政治ショーということか。俺には理解出来ない世界だ」

「理解するつもりがないの間違いだろう」


 棘のある物言いにシエルは一瞬ムッとしたが、今はあくまでも職務中なので反論はしなかった。


「最後は少し話は逸れてしまったが、私からの要件は以上だ。後でゾフィー氏らに関する資料を回しておく。一行の到着前に目を通しておけ」

「承知した」


 短く頷き、シエルは踵を返し部屋を出ようとしたが、ドアノブに手をかけたところで動きを止めた。


「兄さん。父上の様子は?」

「相変わらずだ。そんなに気になるならば、仕事の合間にでも顔を出せばよいだろうに」

「……どんな顔をして会えばいいのか、今だに分からないんだ」


 振り返らぬまま、シエルはフィエルテの執務室を後にした。

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