第3話 同郷の三人
「すまないね。シモンの部屋の片づけまで手伝ってもらってしまって」
「謝らなくていい。俺たちもシモン・ディフェンタールとはそれなりに交流のあった身。あくまでも自主的に手伝っているだけだ」
「俺やリカルドも、よくシモンと飲みに行っていたからね」
生前のシモンが住居として借りていた部屋には、ファルコ・ウラガ―ノと、ジルベール傭兵団のリカルド・タヴァンザンテ、ロブソン・ロ・ビアンコの姿があった。
亡きシモンに代わり部屋を引き払いに来たファルコに、偶然街中で出会った二人が同行を申し出た形だ。
短期間とはいえシモンとコンビを組んでいたファルコはもちろん、ギルド内でよく顔を合わせ、時には仕事終わりに飲み交わしていたジルベール傭兵団の二人。シモンの部屋を引き払うことには遺品整理の意味もあるので、皆神妙な面持ちだ。
「何もない質素な部屋だ。寝に帰るだけだったのか、あるいは竜撃の前に自分で片づけたのか」
簡素なベッドと木製の机が一つ置かれただけの空虚な部屋を見て、ロブソンが腕を組んで目を細めた。恐らく答えは後者。埃の体積具合から見て、竜撃以前に一度部屋全体が掃除したような印象を受ける。もう戻らないつもりで、シモン自身が一度部屋を整理したのだろう。
机とベッドは部屋に備え付けのものなので処分の必要はない。部屋を引き払う前の整理は、簡単な掃除程度で問題無さそうだ。
「これは何だろうか?」
どうやら磨かれた黒い小石を数珠繋ぎにした、手作りのブレスレットのようだ。
「ちゃんと大事に取っていたんだね」
「知っているのかウラガ―ノ?」
「僕も同じ物を持っている。初めてシモンと組んだ仕事の時、助けてくれたお礼だと言って、依頼主のお子さん二人が僕達にプレゼントしてくれた手作りのブレスレットだよ」
「ディフェンタールらしい。備え付けの家具を除けば部屋の中に残されていたのはそのブレスレットだけだ。処分出来ずにそのまま残しておいたということなのだろう。子供達の思いが詰まった贈り物を、無下には扱えんからな」
「……今になって思えばあの時、子供達に娘さんの姿を重ねていた部分もあったのかもしれないね。依頼を終えてからも、時間に余裕があるからと子供達と夕方まで遊んであげていたし」
「……娘か。竜撃後、あいつの抱えていた事情を知った時は驚いたよ。あいつとはそれなりに交流があったつもりだが、そのような話をされたことは一度も無かったからな」
「彼はいつも飄々としていた。ずっとあれは彼の素だと思っていたが、俺たちに心の内を悟らせないための強がりでもあったのかもしれないね」
もしもシモンの抱えていた問題に気付いてあげることが出来ていたならば、もっと違った未来もあったのかもしれない。過ぎた出来事に対してもしもを考えても仕方がないが、どうしてたってやるせなさを感じずにはいられない。
魔術は目まぐるしい進化を遂げているが、人は未だに過去へと戻る術を見つけられてはいない。魔術体系の発展した現代であっても後悔が先に立つことはないのだ。恐らくそれはこれからも変わらぬこの世の節理であろう。
「このブレスレットはどうする? お前が持っていくか?」
「それはシモンに対して贈られたものだ。やはり彼の元にあるべきだと思う。他の遺品と一緒にお墓に入れてあげてくれないかな」
「承知した」
「ありがとう。本来なら相棒だった僕がするべきことなのだけど」
「お前はソレイユ様からの依頼を帯びた身だ。こちらのことは心配せずに、お前は傭兵としての仕事に集中しろ。アルマ出身の傭兵として、しっかりソレイユ様の力になってやれ」
「俺達が言うことではないかもしれないけど、ファルコが傭兵として活躍することこそが、シモンに対する何よりの供養になると思うしね」
リカルドとロブソンは共に傭兵国家アルマの出身。シモンの知人同士というだけではなく、ファルコとは同郷でもある。傭兵としての重要な仕事を控えるファルコの憂いを断ち、しっかりと送り出してやることこそが同郷の人間としての最大限の激励だった。
「二人の言う通りだ。シモンのことは君達に任せて、僕はソレイユ様の槍として全力であの方を守る抜くと誓うよ。魔槍を継ぐ者として、何よりも傭兵ファルコ・ウラガ―ノとして、恥ずかしい活躍を見せるわけにはいかない」
覚悟を新たにした力強い眼差しをファルコを二人へと向けた。
明後日にはグロワールを発つ予定だとソレイユからは聞かされている。アマルティア教団の脅威から人々を守るために戦い続ける日々は、もう目前だ。
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