第2話 後悔と再起

「お話ししていた通り、明後日の朝には王都へ向け、グロワールを発とうと考えています。私自身が最後まで復興のお手伝いが出来ないことは、非情に心苦しいですが……」

「頭を上げてください。街の被害を最小限に抑えることが出来たのはソレイユ殿たちの活躍があってこそ。あなた方には感謝してもしきれません」


 竜撃りゅうげきの終結から10日。グロワールの街の長――アルべリック・オッフェンバック卿の屋敷で、オッフェンバック卿とソレイユ・ルミエールが、今後について一対一で話し合いを行っていた。

 当初グロワールへは3日間の滞在予定だったが、竜撃の発生及び、それに伴う王都への報告、王都から派遣された視察部隊への応対、戦闘で負った傷の治療等で、当初の予定を一週間以上オーバーしてしまっていた。

 報告や視察は一段落つき、傭兵のファルコを含め、ルミエール領からやってきたメンバーも全員が全快している。此度の竜撃を機にアマルティア教団の動きがより活性化しないとも限らぬ今、王都サントルで結成されるという連合軍へと、一日でも早く合流したいところだ。


「グロワールの復興は街の長たる私の役目です。アマルティア教団の脅威には絶対に屈しないのだという意志表示のためにも、一日でも早い復興を目指す所存。状況が落ち着きましたら、ソレイユ殿も参加される連合軍へと、積極的に支援を行っていきたいと考えています。我がグロワールには連合軍に参加出来るような戦闘能力はありませんが、流通網を生かした物資の提供や情報収集等でサポートしていきたいと考えています」

「お心遣いを感謝します。此度の竜撃で命を落した方々に酬いるためにも、一日でも早く、アマルティア教団の引き起こした混乱を収束出来るように努めます」


 結束の意味も込めて互いに固い握手を交わす。

 何も武器を手に戦場を駈けることだけが戦いではない。オッフェンバック卿の語る敵の脅威に屈しない姿勢や、物資や情報面でのサポート等も立派な戦い方の一つだ。

 アマルティア教団の脅威は当初の想定よりも大きい。大陸全土で地域ごとの結束を高めていき、盤石な協力体制を敷いていくことが何よりも重要だ。


「……此度の竜撃で色々と考えさせられました。私はこれまで、街の戦力増強よりも経済発展を優先させてきました。平和な時代だから過度な戦力は不要と高を括っていた部分もあったと思います。結果としてグロワールはアルカンシエル王国を代表する商業都市へと成長しましたが……それが仇となり、我が方の戦力だけでは此度の事態には対処しきれなかった。ソレイユ殿や傭兵ギルドの協力がなければどうなっていたか。……今回の件だけではありません。これまでにも人員不足により治安維持が行き届かず、盗賊や魔物の被害で市民に犠牲が出てしまう事案が何度か発生していました。竜撃に加担してしまった市民の大半は、過去に犠牲となってしまった方々の親族や知人だったと聞いています。此度の竜撃の発生及び被害拡大の原因の一端は、間違いなく私にあります……悔やんでも悔やみきれません」


 竜撃終結以降、自らを律して街の長として最前線に立ち続けてきたが、胸の内にずっと複雑な感情を抱え込んでいたのだろう。オッフェンバック卿は自らの過ちを恥じ、感情的に声を震わせた。


「オッフェンバック卿。あまり自分を責めないでください。卿は決して民の命を軽んじるような酷い人間ではありません。それは此度の竜撃に対する迅速な対応を見ても分かります。大都市であるグロワールは政治に議会制を取り入れている。多数派に押され、不本意な決断を下さねばならぬ場面もあったのではないですか?」

「……議会において、戦力を縮小し経済発展を優先する意見が多数派だったのは事実ですが、それは決して言い訳にはなりません。それらの意見を跳ね除けず、最終判断を下したのは私自身なのですから……当面は復興や連合軍への支援に関して指揮を続けるつもりですが、状況が落ち着いたら一線を退くことも考えています。私は都市の長に相応しい器では無かった……」

「差し出がましいことを言うようですが、此度の竜撃を経験したオッフェンバック卿だからこそ目指せる形もあるのではありませんか? もちろん最終的な判断を下すのは卿自身ですが、政治的能力が高く、かつ此度の一件で自らを省みることとなった卿が今の立場を捨てることはとても惜しいと私は考えます。逆境を乗り越えてこそ見えてくる未来もあるのではないでしょうか?」

「ソレイユ殿……」

「若輩者が無遠慮に申し訳ありません。ですが、これが私の本心です」

「……未来ですか。確かに結論を出すのは、少し早計だったかもしれませんね。少なくとも今は、自身の進退を考えている暇などないのだから」


 ソレイユの発言に思うところがあったのだろう。オッフェンバック卿の目には再度熱意の火が灯りつつあった。立場を捨てるのは簡単だ。だが、それが此度の事態を招いたことに対する贖罪となるとは限らない。

 民あってこその街。アマルティア教団の脅威が去り、真の意味で平和が訪れた暁には、アルべリック・オッフェンバックはグロワールの長として相応しい人間であるか、改めて市民に是非を問おうとオッフェンバック卿は決意した。

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