三章 悪意の螺旋

第1話 王家の兄妹

「お疲れ様です。シエル兄さま」


 王都サントルを望む王城――イストワール城の城内。

 深夜になって、自室が入る別館へと戻ったシエル王子を、白い寝間着の上に紺色の麻のカーディガンを羽織った妹――ペルル王女が出迎えた。


「こんな時間まで起きていたのか。夜更かしは体に毒だぞ」


 アルカンシエル王国第三王子――シエル・リオン・アルカンシエル。

 王位継承権第三位という地位にありながら王国騎士団に籍を置き、最前線で剣を振ることもいとわぬ、武人気質の19歳の青年だ。黄昏時のような美しい金色の短髪と、見る物全てを見透かすかのような澄んだ青眼。持ち前の長身と筋肉質な肉体も相まって、騎士としてのシエルの姿はとても画になる。

 時期国王である長兄――ドゥマン・ベリエ・アルカンシエル王子を武人として支えていくことを目標としており、一流の騎士を目指し、幼少期より鍛錬を続けてきた努力家でもある。  

 騎士団へと入団し約6年。武力、知力共に持ち合わせる一流の武人へと成長し、第三王子という肩書きを抜きに、一人の騎士として国内外で高い評価を得ている。

 剣術の師は剣聖けんせいフォルス・ルミエールきょう。修行のために幼少期よりルミエール領に滞在する機会が多く、フォルスの娘――ソレイユ・ルミエールとは幼馴染でもある。


 国境線での惨劇とアマルティア教団による宣戦布告、先のグロワールでの竜撃を受け、王都サントルでも緊張状態が続いている。王国騎士団に籍を置くシエル王子も日夜対策会議に追われ、多忙を極めていた。自室へと帰って来るのも、実に4日ぶりだ。


「兄さまがそれを仰いますか? 連日徹夜で本部に詰めておられたでしょうに」

「俺はタフなんだよ」


 心配そうな表情を浮かべながら、ペルル王女はシエル王子の羽織っていたコートを脱がせてやり、手元で折り畳んだ。

 国のために一人の騎士として実直に尽くす。そういう兄を尊敬する一方で、自分を疎かにするあまり、いつか取り返しのつかないことになってしまうのではと、そんな不安を感じてしまう時もある。


「……心配なものは心配です。王族である以前に、私達は家族なのですから」


 アルカンシエル王国第二王女――ペルル・ヴィエルジュ・アルカンシエル。

 

 16歳とまだ若いが才気に溢れ、第一王女として外交等で多忙を極める長女――クリスタル・ポワソン・アルカンシエル王女に代わり、王族代表として主に国内向けの行事、祭事へと参加する機会が多い。

 人前に出る機会が多い故に、その器量はよく話題に上る。腰まで伸びる絹糸のような金色の髪に、慈愛を感じさせる青い大きな瞳。初雪のように澄んだ白い肌。少女から大人の女性へと近づきつつある年頃、ペルル王女の魅力は日に日に高まっている。

 心優しく、飾らない人柄も相まって国民からの人気も高く、アルカンシエル王国を象徴する王族の一人だ。


「姉さんたちは?」

「クリス姉さまとレーヴはすでにお休みになりました。ドゥマン兄さまはまだお戻りになっていません。フィエルテ兄さまは会議が終わってからずっと執務室に籠られています」

「同じ城に住んでいるというのに、ペルル以外の兄弟とは久しく顔を合わせていない気がするよ。状況が状況だから仕方のないことではあるが」

「アマルティア教団の宣戦布告に端を発する大陸の混乱。いったい何時になったら治まるのでしょう」

「現時点では何とも言えないな。四柱の災厄の復活に加え、邪神ティモリアの復活という最悪の事態も考えられる。アルカンシエル建国以来の危機的状況といっても過言ではないだろうな」

「……ほんの少し前までは、平和な日常が流れていたというのに」

「邪神は滅されたわけではない。あくまでも封印されていただけだ。積み上げてきた平和な時間を否定するつもりはないが、危機は直ぐ近くにあるのだということを忘れ、平和の上に胡坐あぐらをかいていたツケが回って来たということなのかもしれないな。少なくとも、アマルティア教団の動向を把握しきれていなかったことは国家として怠慢だった」


 アマルティア教団は邪神崇拝の邪教であり、かつては国家転覆を狙ったこともある危険な組織だ。数十年単位で不穏な動きを見せていなかったとはいえ、その動きを事前に察知することが出来なかったのは国として、騎士団としての大きな失態だ。後悔先に立たずだが、せめてこれ以上の後悔を重ねないよう、今後は最善を尽くしていく他ない。


「国のため、民のため。アマルティア教団の蛮行を許しておくわけにはいかない」

「同感ですが、あまり気を張り過ぎないでくださいね。一国の王子としても、武勇に秀でる一人の騎士としても、兄さまの代わりなどおりません。決して無理をし過ぎて、お体を壊すことのないように」

「俺だってもう子供じゃない。この身が自分一人のものでないことくらいは理解しているよ。大丈夫だ。無理し過ぎない程度の無理にするさ」

「結局は無理するんですね」

「俺はそういう男だ」

「まったく」


 ペルルは呆れ半分、嬉しさ半分に苦笑した。無理をしてほしくないのは本音だが、こういう答えを返してこその兄だと思う部分もある。


「そうだ、一つ良い知らせもあるぞ」

「良い知らせ?」

「グロワールに滞在しているソレイユから騎士団本部へと書簡が届いた。近日中にグロワールを発ち、王都へ向かうとのことだ」

「では、近い内にソレイユと?」

「ああ、久しぶりに再会出来る。可能なら時間を作るから、久しぶりに幼馴染同士で語り合いたいものだな」

「嬉しい。ソレイユと顔を合わせるのは二年振りかしら」


 王族という重責を担いながらも二人は十代とまだ若い。きたる友人との再会の時に思いを馳せ、二人は今日一番の笑顔で胸を躍らせた。

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