第69話 英雄を継ぐ者

「……ここは」

「お目覚めか」


 竜撃りゅうげきの終結から3日。

 オッフェンバックきょうの屋敷内――客室のベッド上でファルコ・ウラガ―ノの意識は覚醒した。体に残る微かな痛みに眉をしかめながら、ファルコはゆっくりと上体を起こした。

 

「オッフェンバック卿の屋敷だよ。戦いが終わってから、お前は3日間も眠っていた」


 壁に背中を預けていたニュクスが、目覚めたばかりのファルコの疑問へと答える。いつ目を覚ましてもいいように、ソレイユや屋敷の人間が中心となって定期的にファルコの様子を見に来ており、今回はたまたまニュクスが居合わせていた。

 

「戦いは終わったんだね?」

「ああ。翼竜どもは消滅し、作戦を指揮していた教団の司祭も死亡した。受けた被害が大きかったし、街全体が未だに混乱冷めやらずではあるが、とりあえずの危機は去ったよ」

「……シモンは?」

「傭兵ギルドが中心となり、今回の戦いで戦死した傭兵達をとむらったと聞いている。遺品等は状況が落ち着き次第、遺族や関係者の下へと返される予定だそうだ」

「可能なら後で、シモンの遺品を彼の奥さんと娘さんのお墓へと入れてあげたいところだけど」

「状況が落ち着いたらジルベール傭兵団に声をかけてみるといい。『シモン・ディフェンタールの遺品はこちらで預かっている』と、お前が目を覚ましたら伝えてくれと頼まれていた」

「そうか、ジルベールさん達が。伝えてくれてありがとう」


 ホッと息をで下ろし、ファルコは微笑んだ。


「お前が目覚めたと、お嬢さんに伝えてくるよ」




「意識が戻り安心しました」

「ご心配をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。少々体に痛みは残っていますが、もう大丈夫です」


 眠っていた影響で少し体がにぶっている感はあるが、傷の痛みも引いてきておりファルコの状態は上々。目覚めた後に改めて屋敷の医師の診察を受けたが、数日もすれば完全に回復する見込みとのことだ。


「あなたには色々とお聞きしたいことがあります。もちろん、気乗りしなければ日を改めますよ。順調に回復しているとはいえ、あなたはまだ目覚めたばかりですから」

「僕の方は問題ありませんよ。傭兵ギルドでは大事な話の途中で戦闘が始まってしまいましたからね。その続きをしたいと思っていました」

「そう言って頂けると助かります」

「何からお話ししましょうか?」

「それではまず、あなたとアークイラ・コルポ・ディ・ヴェントとの関係性について教えてください。『戦塵せんじんを払いし疾風しっぷう』の異名を持つ彼が愛用していたとされる魔槍まそう――暴竜槍ぼうりゅうそうテンペスタをあなたは使用した。もしやあなたは、アークイラの系譜けいふなのですか?」


 そう言ってソレイユは、ベッド脇に立てかけられた布の巻かれたテンペスタとファルコの顔とを見比べた。

 500年前に英雄騎士アブニールと共に魔の軍勢に立ち向かった影の英雄の一人、アークイラ・コルポ・ディ・ヴェント。伝承上の彼とファルコには多くの共通点が見受けられ、自分同様にファルコも影の英雄の血を引く人間の一人なのではとソレイユは想像していた。


 しかし事実は、ソレイユの想像とは少しだけ異なるものだ。


「いいえ、僕はアークイラの系譜ではありません。アークイラは生涯家族を持つことはなく、子孫も残しませんでした。彼の系譜は500年前の時点で途絶えているのです」

「それでは、どうしてあなたが暴竜槍テンペスタを?」

「アークイラは子孫を残しませんでしたが、代わりに才能を見出した生涯唯一の弟子に、自身の持つ技術の全てと暴竜槍テンペスタを継承しました。以来、現代に至るまでの500年間、アークイラの技術と暴竜槍テンペスタ、『傭兵は人助けの精神を忘れてはいけない』という彼が生涯貫き通した傭兵としての矜持きょうじは、師弟の間で代々受け継がれてきました。僕も3年前に師から暴竜槍テンペスタを受け継ぎ、ファルコ・ウラガ―ノはアークイラから数えて24代目の所有者となりました。僕もいずれ生涯の内に一人だけ弟子を取り、始祖しそアークイラより受け継がれてきた技術と志を継承していくことになるでしょう。アークイラの残したものは、血の繋がりではなく師弟の絆によって現代までつむがれてきたのです」


 ファルコの語った真実に、ソレイユはとても真剣な顔で聞き入っていた。

 英雄騎士アブニールの下を去ってからのアークイラの動向についてはどの文献にも記されておらず、ソレイユにとっては全てが新鮮な話だった。


「あなたがギルドで言っていた、あなたの槍が私の中に流れるルミエールの血をよく知っているという言葉の意味を、ようやく理解しました。アルジャンテとアークイラは、共に戦場をけた戦友同士ですからね」


 血筋と師弟関係。形は違えど、500年前に英雄騎士アブニールと共に戦った二人の英雄――アルジャンテとアークイラを継ぐ者が、現代でこうして対面を果たしている。それはお互いにとても感慨深いことだった。


「アークイラの戦友であるアルジャンテ・ルミエールおよび、現代にまで続くルミエール家の血筋については師から聞き及んでいました。それ故に、盗賊団のアジトでの一件でソレイユ様と出会った時にはとても驚きましたよ」

「先程から気になっていたのですが、あなたの師というのは?」

「エドガルド・コスタグランデという名の傭兵です……僕に全てを継承した半年後に、32歳の若さで亡くなりました。師は15歳という若さで先代から全てを継承し、以後は世界中を渡り歩き、魔物や、時には自然の驚異から人々を救って回っていました。師が早逝した一因が暴竜槍テンペスタであったことは言うまでもありません。僕の師に限らず、歴代の所有者にはテンペスタの影響で早死にした者も多いです」

「人の身には過ぎた力、魔槍たる所以ゆえんというわけですか」

「その通りです。暴竜槍テンペスタは使用時の身体への負荷に加え、魔力を維持するために使用者の生命力を喰らうという性質を持ちます。幸いなことに僕はテンペスタとの相性が良く、歴代の使用者の中でも負担は軽い方なのですが、それでも力を使い過ぎると今回のような体たらくです。今すぐ死ぬようなことは無いにしても、テンペスタを使用する度に僕の命は確実にすり減っていくことでしょう。これは、歴代の使用者全員が通った道ですがね」

「テンペスタを振るうことに、恐怖は無いのですか?」


 愚問なのは百も承知だが、ソレイユは一人の戦士としてあえてファルコに問い掛ける。


「ありません」


 ファルコは一切の迷いなく即答した。


「『傭兵は人助けの精神を忘れてはいけない』これはアークイラや師から受け継いだ言葉であり、すでに僕自身の矜持でもあります。誰かを救うためにその力が必要だとしたら、例え命を減らすことになろうとも、僕は迷わずテンペスタを振るいます」


 ファルコの瞳にはとても力強い高潔くおけつさを感じられた。それは始祖アークイラ・コルポ・ディ・ヴェントを彷彿ほうふつとさせるものでもある。


「あなたはとても強い人ですね」


 ファルコの覚悟と人柄を再確認したことでソレイユの心は決まった。ファルコの手を取り、ソレイユは彼の瞳を真っ直ぐと見据える。


「ファルコ・ウラガ―ノ、この場で改めてあなたへとお願いいたします。傭兵としてのあなたのお力を、私に貸してください」


 ソレイユからの申し出にファルコは微笑みを浮かべる。

 ソレイユ・ルミエールという女性の人柄や力強さは、今回、共に戦場をかけたことでより深く理解することが出来た。新たな覚悟を胸に刻むにはそれで十分だった。


「ファルコ・ウラガ―ノ。喜んでソレイユ様にこの力をお貸しいたしましょう。決して後悔させるような真似は致しません」


 傭兵ファルコ・ウラガーノは、ソレイユ・ルミエールからの依頼を快く承諾した。

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