第67話 傭兵らしく
「……シモン」
大通りへと下りたファルコはジルベールとドルジアの肩を借り、傭兵ギルド前に横たわるシモンの下まで到着した。
アンゲルス・カーススの尾に吹き飛ばされ、大通りへと墜落したシモンはすでに虫の息だった。墜落した衝撃で手足が不自然に折れ曲がり骨の一部が体外へと露出、出血量は多大でもはや手の施しようのようのない状況だ。
周囲には少しでも楽な姿勢にしてやろうとシモンを横たわらせたリカルドの他、シモンと交流のあった傭兵達が集まっている。
「……ボロボ……だ……な……ファル……コ……らしくも……な……」
「君の方がボロボロじゃないか。あんな無茶をして」
ファルコは沈痛な面持ちで膝を折り、シモンの右手を握る。その手をシモンは弱々しく握り返した。
「……体……勝手……動い…た……俺の……正義……」
シモンは瀕死の状態でありながら必死に笑顔を作ろうとしていた。決して死ぬ理由を作るためや、罪滅ぼしのためにあのような無茶をしたわけではない。あれはシモンが己の中の正義感に従い、咄嗟に取った行動だった。シモンの心に後悔はない。大切な相棒の命は助かり、勝利を掴み取ることが出来たのだから。
「ファル……コ……俺……最後くらい……傭兵……らし……かった……か」
シモンの右手の力が抜けていく。
「ああ。君は立派な傭兵だ。僕は傭兵シモン・ディフェンタールと共に戦った日々を、生涯忘れることはないだろう」
「……あり……が――」
「シモン!」
言い終えぬまま、シモンの右手がファルコの手から滑り落ちた。
穏やかな死に顔からは、呼びかけに対する答えは返っては来ない。
「……娘さんや奥さんに会えるといいね」
絞り出すようにそう言うと、ファルコは
「……シモン・ディフェンタール。お前と酒が飲めなくなるのは、少し寂しいな」
リカルドが胸の前で武器を構えて目を伏せた。これは傭兵が戦場で死んだ仲間を追悼する際に行う所作だ。生前のシモンと交流のあった周りの傭兵仲間たちもそれに習い、同様の所作を取っている。
シモンだけではない。今回の戦いで命を落した戦友たちを想い、街中の至る場所で戦士達が仲間を
「ファルコ・ウラガ―ノ。傷は大丈夫か?」
シモンの
「……限界を見誤りました……まだまだ修行が……足り――」
「おい、ウラガ―ノ! しっかりしろ!」
シモンを看取るために精神力だけで持ちこたえていたが、ファルコの体力はすでに限界を超えていた。
不意にファルコが意識を消失し、シモンの亡骸へと覆いかぶさるようにして倒れ込む。ジルベールが慌ててその体を抱き起こしたが、ファルコからの反応は無かった。
「ボロボロですね、ニュクス」
「今回に関してはお嬢さんも人の事は言えないだろう。全身傷だらけじゃないか」
「あら、心配してくれているのですか?」
「俺以外の人間がお嬢さんを傷つけたことが気に食わないだけだよ」
「物言いは少々物騒ですが、心配してくださったことには素直にお礼を言いますよ。ありがとう、ニュクス」
「……調子狂うな」
皮肉か本気か分かりにくいニュクスの言葉に、ソレイユは満面の笑みを返した。やはり口ではソレイユの方が一枚上手のようだ。
「とはいえ流石に疲れましたね。血も流し過ぎました」
「それだけ切り刻まれればな。跡が残らなければいいが」
「このぐらいならば
「女である前に戦士か。お嬢さんらしいな――」
ニュクスは不意に、ソレイユの胸部目掛けて右手で毒塗りのダガーナイフを
ソレイユは大して驚くような素振りも見せず、
「それで終わりですか?」
「ああ、今回はこれで終わりにしておく」
剣先をこちらへと向けたままソレイユの問いに苦笑いで応えると、ニュクスはその場に
ニュクスの殺気が消えたことを感じたソレイユはタルワールを鞘へとしまい、膝を折ってニュクスと視線を合わせる。
「どうやら、疲れているのは私だけではないようですね」
「負傷の影響で左肩が上がらなくてな。どう考えても片腕じゃ分が悪い。それに――」
ニュクスとソレイユは、同時に通りの反対側へと視線を向ける。彼らの気配が近づいていることはお互いに気付いていた。
「ご無事ですか、ソレイユ様!」
「私なら大丈夫よ、クラージュ。あなたたちも無事で良かった」
先頭のクラージュを確認し、ソレイユは健在を知らせるべく微笑みながら手を振った。直ぐ後ろには左肩を抑えるウー、最後尾にはヴァネッサを伴ったリスの姿がある。臣下たちは誰一人欠けることなく、主君の下へと合流することが出来た。
「……流石に風が傷に染みますね」
そよ風に傷を撫でられ、ソレイユが僅かに身震いした。衣服ごと斬り付けられているので、風はダイレクトに傷を刺激する。
「羽織れよ」
「いいんですか?」
ニュクスは愛用の黒いコートを脱いでソレイユへと手渡した。
「好感度を上げとく作戦だよ。せいぜい油断を積み上げておいてくれ」
「あら、お優しい」
ニュクスの皮肉など気にも留めず、ソレイユは嬉々としてコートに袖を通した。
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