第64話 地下書庫戦

 書店――パージュ・ド・ティットルの広い地下書庫で、クラージュはアマルティア教団の人間と対峙たいじしていた。やや離れた位置ではウーも戦闘を繰り広げている。


「どうしたどうした! その図体は見掛け倒しか!」

「……なんて怪力だ」


 クラージュ以上の巨体を持つ黒いローブ姿の男が、クラージュ目掛けてハルバードを振り下ろした。回避は間に合わないと判断したクラージュはバトルアックスの柄でそれを受け止めたが、魔術でドーピングした大男の怪力は人間離れしている。剛腕自慢のクラージュでも押し返せず、姿勢が徐々に沈んでいく。少しでも気を抜いたら、瞬く間に頭をかち割られてしまうだろう。

 

「クラージュ!」


 クラージュを援護しようと、ウーは大男を狙って咄嗟に弓を構えたが、


「痛っ!」

「よそ見はよくないなー」


 黒いローブを目深にかぶった小柄な男の抜き放ったナイフがウーの左肩へと命中。痛みで弓を手放してしまう。恋人を思っての咄嗟の行動とはいえ、戦闘中に隙を見せたのは軽率だった。


「ウー、私に構うな。お前はお前の戦いに集中しろ」

「強がるなよ、死の恐怖に怯えているくせに。見ていろ、女の前で今すぐお前の頭をかち割ってやるからさ」

「死の恐怖に怯える? この私が?」


 大男の嘲笑ちょうしょうに対して、クラージュは皮肉気に口角を釣り上げる。

 その瞬間、バトルアックスに込めていたクラージュの力の向きが変わった。


「ルミエール領で日夜魔物と相対していた私が、どうして人間相手に怯える必要がある?」

「何っ!」


 クラージュはハルバートを受け止めていたバトルアックスを右手で力一杯引いた。ハルバートのにバトルアックスの刃を引っかけ、そのまま軌道を強引に右へと逸らし、ハルバードの刃を壁面へと衝突させる。力勝負で押し返すことは出来なくとも、方向を逸らすぐらいなら出来る。


「お返しだ!」


 体制を立て直すのはクラージュの方が早い。瞬時にバトルアックスで切り上げ、大男の体を胸部から喉へとかけて大きく切り裂いた。いかに魔術でドーピングしていようとも、人である以上、喉まで裂かれればそれで終わりだ。大男は断末魔の叫びを上げる権利すら与えられぬまま、血だまりへと倒れこんだ。


「弓を放てぬ弓使いなど、もはや襲れるに足りない」


 左肩を負傷したウーにはこれまでのような正確な射撃をすることが出来ない。場所が暗がりで視界の悪い地下室なのだから尚更だ。

 今こそが勝機だと、ナイフ使いの小柄な男はウーとの距離を一気に詰めた。ウーが隙を見せたのはクラージュを助けようと意識が向いたあの時だけ。その瞬間に投げナイフが命中していなかったなら、小柄な男は未だにに攻めあぐねていたことだろう。


「あら、女が武器を手放した瞬間に強気になるなんて、情けない男」

「ぬかせ!」


 ウーの皮肉が効いたかどうかは定かでないが、小柄な男は声高々に即座にウーの背後へと回り込んだ。首へとナイフを突き立てようと考えたようだが――


「……えっ?」


 ウーの背後を取った瞬間、小柄な男の腹部には深々とナイフが突き刺さった。ウーが右手の逆手で握っていたナイフを捻りを加えて突き刺したのだ。

 ウーの家系――スプランディッド家は元は狩人の血筋であり、騎士階級となった現代でも狩人としての技術はしっかりと受け継がれている。森などの自然環境での立ち回り、獲物を確実に仕留める高い狙撃技術、捕らえた獲物を解体するために、ナイフの扱いにだって長けている。


「私の武器が弓だけだと思った?」

「きさ……ま……」


 得意気に微笑むと同時にウーはナイフを引き、小柄な男の腹部を切り裂いた。続けざまに喉笛のどぶえも裂き、完全に止めを刺す。


「ルミエールの女を舐めるな」

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