第63話 墜落

「そこだ!」


 突進してきた翼竜の背を足場に跳躍したファルコの振るったテンペスタが、アンゲルス・カーススの左翼を裂いた。重厚だが確かな苦痛の念を感じられる大きな鳴き声が上がる。上位種だけあり他の翼竜よりも身体硬度が高く、一撃で翼を断ち切ることは出来なかったが、テンペスタのまとう風の刃による追い打ちが裂傷の周辺をさらに切り刻み、かなりのダメージを与えることが出来た。片翼を刻まれても墜落しないのは流石だが、高度は下がり動きも確実に鈍くなっている。

 先程ファルコが繰り出した渾身こんしんの刺突は、猛スピードで迫った二体の翼竜がアンゲルス・カーススの盾となったことで防がれてしまった。これが上位種たるアンゲルス・カーススの指示だったのか、翼竜が上位種を守るために本能的に取った行動なのかは定かでないが、いずれにせよ翼竜達はあの一撃に脅威を感じていたということになる。取るに足らぬ一撃ならば、そもそも肉の盾など使う必要は無いのだから。あの時点で、ファルコは自身の攻撃がアンゲルス・カーススに対して有効であると確信していた。テンペスタの攻撃力を持ってすれば、アンゲルス・カーススだって殺せる。

 天暴竜てんぼうりゅうアドウェルサは暴虐竜ぼうぎゃくりゅうアンゲルス・カーススよりも格上の存在。死してむくろから魔槍まそうへと姿を変えても、格下如きに負けるわれなどない。

 シモンらの活躍もあり翼竜による地上への被害は抑えられている。アンゲルス・カーススの吐くテルムにだけは注意しなくてはいけないが、地上へと降下した翼竜へ対処する必要がなくなったため、ファルコの負担は大幅に減っていた。攻勢に転じてからファルコの調子は間違いなく上がっている。魔槍と畏怖いふされる暴竜槍ぼうりゅうそうテンペスタは本来、守護することよりも滅ぼすことでこそ真価を発揮するものだ。


「邪魔だ……」


 アンゲルス・カーススを守ろうと、ファルコ目掛けて二体の翼竜が両サイドから挟み撃ちを仕掛けるが、ファルコが短くテンペスタ振った瞬間、周辺に風の刃の防御壁が発生。そこへ無防備に突っ込んだ翼竜は頭部から刻まれ、首が千切れ落ちる頃には肉体そのものが限界を迎え消滅を始めていた。

 風の刃による攻防一体の防壁。テンペスタにこのような技があることを、ファルコはこの時初めて知った。使い方を知らないはずなのに、その瞬間に最適な技や動作を体が自然と行ってくれる。これまでは奥の手として一瞬だけ使用していたテンペスタを、今回は戦闘開始以来すでに数十分は握っている。体へと馴染んできた魔槍の性能は元より高いファルコのポテンシャルをさらに引き上げ、戦闘能力を各段に上昇させていた。


 しかし、ファルコが心身ともに強靭きょうじんな傭兵といえども所詮は人。

 暴竜槍テンペスタに宿りし天暴竜アドウェルサの強大な魔力は、人の身には過ぎた力だ。

 

「……くっ」


 突然ファルコを強烈な頭痛と眩暈めまいが襲い、耳と鼻からは血液が滴り落ちる。

 これまでは動悸どうきを感じる程度だったが、テンペスタの使用により体へとかかる負担が、いよいよ分かりやすい形で表面化してしまった。

 気力で風の足場に踏みとどまり、墜落ついらくすることは免れたが、生じた隙をつき、アンゲルス・カーススがファルコ目掛けて容赦なくテルムを吐き出した。


「この程度で……」


 頭痛に顔をしかめながらもファルコはテンペスタを使い迎撃。テルムを打ち消すことには成功したが――


「がはっ――」


 直後、猛スピードで迫った翼竜の頭突きがファルコへと直撃、そのままファルコを巻き込み、大通り近くの4階建ての集合住宅の屋上へと突っ込んだ。この期を逃すまいと、翼竜たちが続々とファルコ目掛けて降下していく。数の暴力で骨すら残さず食らいつくすつもりなのだろう。


「ウラガーノを失うわけにはいかん」

 

 近くにいたジルベールが、ギラとドルジアを伴って集合住宅を駆け上がるが、状況は最悪だった。

 空中ではアンゲルス・カーススが集合住宅付近を狙っている。はなから翼竜は囮で、ファルコとファルコを救出に向かった全ての人間を、配下の翼竜ごと破壊するつもりなのだろう。


「イルマ・レイストローム! 俺を運べ」


 シモンの指示を受け、イルマは反射的に詠唱破棄でスカーラエを発動。簡易的だが、空へと駆け上がるには十分な風の足場が空中に発生する。


「……やってくれるな」


 自身に強力な頭突きをくらわせた翼竜の腹部をテンペスタで貫き消滅させると、ファルコは体の痛みに顔を歪めながら片膝をついた。咄嗟に発動させた風のクッションで建物へと衝突した瞬間のダメージは軽減出来たが、骨がきしむ程の衝撃だった初撃の頭突きが効いた。頭痛と眩暈も継続しており、はっきり言って状態は満身創痍まんしんそういだ。

 顔を上げると6体の翼竜が目前まで迫っていた。怯まずにテンペスタを振るうが、ファルコの動きにこれまで程のキレはない。


「無事ではなさそうだが、とりあえず生きてはいるようだな」


 屋上に到着した瞬間、ジルベールが一体の翼竜の首を斬り落とした。

 

「ジルベールさん。どうしてここに」

「お前は今回の戦いの要だ。失うわけにはいかない」 


 ジルベールをファルコへと手を伸ばして体を引き起こした。

 長年の傭兵としての勘から、ファルコの不調は魔槍の副作用だと察していたが、状況が状況だけに、「これ以上の使用は控えろ」と体を労わってやれないのが辛いところだ。


「大変だよ団長! あのでかい奴、空から私達を狙ってる」

「当たったら痛そうだね」


 今にもテルムを吐き出そうしている上空のアンゲルス・カーススの姿にギラは瞬きの回数が増え、ドルジアも軽い口調とは裏腹に頬には冷や汗を浮かべていた。そんな状況にあっても翼竜を迎撃する手を休めないあたりは、流石は実力者ぞろいの傭兵団といったところだろうか。


「僕が迎え撃つ――」


 今の体たらくではテルムへ対処出来るかどうか怪しいが、ここで死ぬつもりはないし、自分を助けに来てくれた人達を死なせるつもりもない。覚悟を決めたファルコがテンペスタを手に一歩前へと踏み出したが、


「シモン?」

「うおおおおおおおおおお!」


 スカーラエによって生み出された風の階段を勢いよく駆け上がったシモンが、テルムを吐き出そうとしたアンゲルス・カーススの右側頭部にバスタードソードの一撃を叩き込んだ。吐き出す瞬間に頭部に衝撃を受けたことでテルムの軌道が逸れ、大通りの西側の住宅地へと衝突。幸いなことにこの辺りの避難はすでに完了していたので人的被害は発生しなかった。


「良かった。ファルコ達には当たらな――」

「シモン!!」


 安堵の笑みを浮かべた瞬間、アンゲルス・カーススの逆鱗へと触れたシモンは強力な尾の一撃に吹き飛ばされ、大通りへと墜落した。

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