第62話 ジルベール傭兵団

「我々は翼竜の攻撃を食い止める。衛兵隊はその間に住民を少しでも遠くへ逃がせ」


 傭兵のジルベールは後続の衛兵隊にそう告げると、自らは部下達と共に高い位置へと陣取り、上空から迫る翼竜を迎え撃った。

 最初に仕掛けたのは大通りへと駆けつけた段階から詠唱を開始していた、銀色のショートヘアーが印象的な小柄な女性魔術師――イルマ・レイストロームだ。完全詠唱な分、より広範囲かつ高威力な雷撃が、頭上の3体の翼竜へと迫る。

 

「――汝ら比翼ひよくの絆を焼き切らん――雷公らいこう招来しょうらいトニトルス!」


 強烈な雷撃が連続で降り注ぎ、翼竜たちはことごとく地上目掛けて墜落ついらくしていく。焼き切れた翼の焦げ跡からは、絶えず煙が立ち上っていた。


「流石はあたしのイルマ! 惚れ直しちゃう」


 ジルベールの背後から飛び出した赤毛をポニーテールにした女性剣士――ギラ・キルヒアイゼンが軽快に跳躍ちょうやく。愛用の長剣で落下してきた翼竜の首を斬り飛ばした。恋仲のイルマとの連携ということもあり気合い十分だ。


「お熱いね~」


 ギラからやや遅れ、茶色の短髪にヘアバンドを身に着けた長身の大斧使い――ドルジア・ブランシャールも、軽口交じりに別個体の翼竜の頭部を縦に一刀両断にした。ドルジアは先の噴水広場での戦闘で左足を負傷しているのだが、軽口を叩く余裕からは怪我の影響をまったく感じさせない。


「……」


 残る一体の翼竜は、重装の鎧に身を包んだ黒髪短髪の槍使い――ガストン・クリュバイエが堂々と迎え撃ち、翼竜の頭部へと剛腕で槍をねじ込み撃破した。ガストンは常に冷静沈着で、平時、有事を問わずに口数が少ないのが特徴だ。


「その調子だ。このまま翼竜の数を減らすぞ!」


 部下達に負けてはいられないと言わんばかりに、ジルベールの切り上げた大剣が頭上から迫った翼竜の腹部を豪快に裂いた。




「こ、来ないで!」

「あっち行け、化物!」

「皆さん! 早く広場の方へ!」


 低空で滑空していた一体の翼竜が、噴水広場方面へと避難中の住民たちへと迫っていた。後方を固めていた衛兵たちが恐怖に震える体を律し、応戦するためにパイクを構えた。パイクを構える衛兵の中には、中央広場近くのホールへと住民の避難誘導を行っていたマクシミリアン・コンパネーズの姿もある。


「……私だってグロワールの兵士だ。退いてなるものか!」


 衛兵達の戦闘能力は翼竜には遠く及ばない。これは自らの死を覚悟しての時間稼ぎであった。

 衛兵達に噛みかかろうと、翼竜の影が迫ったが――


 鋭い風切音と共に飛来した金属製の矢が、翼竜の首へと4発命中。痛みで方向感覚を欠いた翼竜の体は衛兵達へは届かず、大通り沿いの花屋へと突っ込んで行った。


 体を起き上がらせた翼竜が、体勢を立て直して飛翔を試みるが――


「遅い」


 モーニングスターによる豪快な一撃を振り下ろされ、翼竜の頭部はスイカの如く弾け飛んだ。その体は飛び散った脳漿のうしょうや肉片ごと徐々に消滅していく。

 モーニングスターを振るったのは金髪をツーブロックにした筋肉質な青年――リカルド・ダヴァンザンテだ。リカルドはジルベール傭兵団の副団長でもある。

 数十メートル離れた屋根から翼竜を弓矢で狙撃したのは、黒髪の長髪を結い上げた色白な弓兵――ロブソン・ロ・ビアンコだ。

 リカルドとロブソンは共に傭兵国家アルマの出身であり、ジルベール傭兵団の中では団長のジルベールに次ぐ実力者たちである。


「ジルベール傭兵団のリカルドとロブソンか。相変わらずいい腕をしている」


 シモンがリカルドの下へと歩み寄る。シモンも近くにいたのだが、負傷の影響もありやや出遅れていた。リカルドとロブソンがいなければ、衛兵や住人達に大きな被害が出ていたことだろう。

 

「そういうお前はすでにボロボロだな。らしくもない」


 それなりに名の知れた傭兵同士。シモンとジルベール傭兵団との間にはある程度の交流がある。シモンの傭兵としての実力を知っているからこそ、リカルドは負傷したシモンの姿をいぶかしんでいた。ましてや胸の傷は、どう見ても翼竜との戦闘で負ったものではない。


「ちょっとしたいましめだよ。今の俺には必要な傷だ」

「可笑しなことを言う奴だ。事情は気になるが――」

「リカルド、新手が二体だ。撃ち落とすから構えておけ」

「了解だ」


 会話も程々に、狙撃手のロブソンの言葉を受けてリカルドは武器を構え直した。

 シモンの抱える事情について気にならないと言えば嘘になるが、ここが戦場である以上何よりも優先すべきは武器を手に戦うこと。切り替えは重要だ。


「戒めだか何だか知らんが、足手あしでまといにはなるなよ」

「戦場なんて負傷してからが本番だろ。この程度の修羅場なら何度も潜って来た」


 シモンは健在ぶりを誇示するかのようにリカルドの一歩前へ出ると、バスタードソードを上段で両手で構える。そんなシモンの様子を見てリカルドは、いらぬ心配だったなと自嘲じちょう気味に苦笑した。自身も一歩前へと出てシモンと肩を並べる。


「遅れるなよ。シモン・ディフェンタール」

「お前の方こそ」


 ロブソンの放った矢の風切り音を合図に、二人は翼竜を迎え撃つべく駆け出した。

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