第60話 自信家か実力者か

「キロシス様の下へは行かせぬ!」


 キロシス司祭を追っていたソレイユは中央区東の通りで、キロシス司祭の配下の者から妨害を受けていた。相手は黒いローブの男が二人に翼竜が一体。一人が召喚術で翼竜を自在に操り、もう一人はブロードソードを手に果敢にソレイユへ襲い掛かって来る。

 

「ならば、無理やり道をこじ開けるまでです!」


 鬼気迫るソレイユの一閃いっせん、ローブの男は咄嗟にブロードソードの刀身でそれを防いだが、あまりにも強力な一撃はブロードソードごと体を両断し、ローブの男は状況を理解しきれぬまま驚愕に目を見開き、大量の血飛沫ちしぶきき散らしながら絶命した。

 ローブの男を両断した隙を狙い、使役しえきされた翼竜が頭上からソレイユ目掛けて襲い掛かったが、ソレイユは翼竜を迎え撃とうとはしなかった。翼竜を仕留めるまでもない。これまでとは違い、相手の弱点は直ぐそこに露出しているだから。


「がはっ――」


 翼竜の襲来よりも早く、ソレイユは召喚者の男の背後を取った。刹那せつなの間に男の背中は大きく裂け、赤い翼のように大量の血液を吹き出しながら己の血だまりへと墜落。召喚者の意識が途絶えたことで、頭上の翼竜も音も無く消滅した。


「部下たちは最早時間稼ぎにもならぬか。まったく、その若さで恐れ入る」


 軽快な拍手と共に、キロシス司祭が通りの反対方向から悠然ゆうぜんと姿を現す。

 キロシス司祭自らが舞い戻ってきたことで、部下二名の命懸けの時間稼ぎは完全な無駄死にと化した。


「追跡者である私が言うのもおかしいですが、あなたは部下の頑張りにむくいるために、少しでも遠くに逃げるべきだったのではありませんか?」

臨機応変りんきおうへんという奴だよ。どうにも君からは逃げきれそうにない。だったらこの場で迎え撃ち、二度と追って来れないようにしてやることこそが今は最善だと思ってね」

「二度と追って来れないようにしてやる、ですか。随分な自信家ですね」

「心外だな。自信家というのは身の程を知らぬ、口先だけの愚か者に対する蔑称べっしょうだ。私はそうではない」

「自信家でないのなら何なのですか?」

「単なる実力者だよ。実力者の吐くそれは自信ではない、確定事項だ!」

「言葉だけでは証明には弱いですよ!」


 瞬間、魔術による強化を施した脚力で一気に間合いを詰めたキロシス司祭がファルシオンを抜剣。ソレイユのタルワールと接触し、両者顔を突き合わせてのつばり合いへと発展する。

 

「あなたでは私を殺せません」

「それは自信か?」

「当たり前の未来ですよ」

「面白い。自信家なのがどちらなのか、殺し合いではっきりさせようではないか!」


 本気で逃げようと思えば、もうしばらくは時間を稼げたことだろう。キロシス司祭がそれをしなかった理由は大きく分けて二つ。


 一つは今この場でソレイユ・ルミエールという少女を排除しておきたいと考えたこと。アンゲルス・カーススの暴虐ぼうぎゃくにより恐怖を生み出すという本来の目的を果たせても、それによってソレイユの命までも奪えるとは限らない。ソレイユは現状でも十分な戦闘能力を持つが、その力は未だ成長途上でありとても大きな伸びしろがあるとキロシス司祭は分析していた。将来性という名の危険性。自らの手で確実に止めを刺し、その死を見届ける必要があるとキロシス司祭は確信している。


 そしてもう一つの理由。こちらは非常に個人的かつシンプルだ。

 まだまだ暴れたりないというのがキロシス司祭の本音。目の前のタルワール使いの少女は、その欲求を満たすに値する対戦相手だ。危険分子を排除するためという口実も出来上がった。アンゲルス・カーススによる破壊活動の達成に加え、ソレイユ・ルミエールもこの場で殺すことこそが完全勝利だと、キロシス司祭は自らの目標を定めた。


「そういえば私の方はまだ名乗っていなかったな。アマルティア教団司祭、キロシスだ!」

「ご丁寧にありがとうございます」


 両者が意気を強めると同時に刀身が弾け、鍔迫り合いの状態が解かれる。同時にバックステップで距離を取り、ソレイユは上段にキロシス司祭は中段に、それぞれ剣を構え直した。

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